窓際に残った王冠

段ボールで作った王冠が、窓際の席に置き去りにされていた。金色の絵の具は汗で剥げ、先端の一つが折れている。

文化祭のクラス劇で、あれをかぶるはずだったのは千紘だった。脚本を書き、自分で主人公を演じるつもりだった。けれど本番の朝、声が出なくなった。熱も痛みもなく、客席を想像するだけで喉が閉じた。保健室で何度水を飲んでも、息しか出なかった。代役に立ったのは、ずっと裏方をしていた麦だった。

舞台袖から見た麦は、千紘が何度練習しても届かなかったところまで台詞を運んだ。笑わせ、黙らせ、最後には教室いっぱいの拍手を受けた。

客が帰ったあと、千紘は大道具を壊しながら、劇そのものまでなくなればいいと思っていた。麦が王冠を手に近づいてきても、顔を上げなかった。

「これ、返す」

「いらない。似合ってたし」

声は戻っていた。そのことが腹立たしかった。

窓から風が入り、王冠が床へ落ちた。裏返った内側に、黒いペンの文字がびっしり書かれている。出演者の名前、照明係、音響係、衣装係。中央に、少し大きな字で〈この国をつくった人 千紘〉とあった。字の太さも傾きもばらばらで、誰かが開演直前まで書き足したらしい。千紘が舞台袖でうつむいていた時間に、皆は王冠の内側へ、見えない役名を残していたのだ。

麦は何も説明しなかった。折れた先端をテープで留め、王冠を小道具箱へ戻しただけだった。

千紘は机の上の台本を拾った。表紙には、自分が何度も消した題名が残っている。声が出なかった悔しさは消えない。麦のほうが役に合っていた事実も変わらない。それでも、拍手の中に自分の居場所がなかったわけではないと、王冠の裏側が教えていた。

帰りの電車で、千紘はスマートフォンを開いた。数日前に下書きした「演劇部を辞めます」というメールを消す。代わりに、締切が今夜の高校生脚本コンクールへ台本を添付した。

送信した瞬間、窓に自分の顔が映った。王冠はかぶっていない。

それでよかった。次は、舞台に立つためではなく、誰かが立てる場所を書くために進める。