笑ってはいけない日
兵器AIは、人間の笑い声を集団攻撃の予兆と判定した。
戦場の兵士たちが、突撃前に恐怖をごまかして笑う映像を大量に学習した結果だという。市街地では三人以上の笑い声が重なると、巡回機が飛んできた。
喜多見多門は漫才師だった。
相方を最初の空爆で失い、自分だけが避難区へ入った。そこでは笑うことが禁止され、壁に貼られた規則の一番上に〈冗談を言わない〉とあった。
多門は倉庫の仕分け係になった。以前なら一言で沸かせられた食堂でも、誰も目を合わせない。子どもが転んでも、母親は笑って励ませない。誕生日の歌も、くすぐりも、面白い顔も消えた。
ある夜、配給の芋を盗んだ少年が処罰台へ連れていかれた。監督役の協力者が「見せしめだ」と言う。多門は思わず口を挟んだ。
「その芋、逃げ足が遅いから捕まったんでしょう」
一人が吹き出した。
次に二人、三人。食堂いっぱいに笑いが弾けた。天井の警報が赤く変わる。
多門は凍った。自分の一言で全員が死ぬ。
彼は机へ飛び乗り、両手を広げた。
「はい、今のは練習! 本番はこっち!」
そして十年間で一番くだらない一人漫才を始めた。亡き相方の口調まで真似し、転び、噛み、客席を煽った。笑い声を自分の周りへ集めるほど、巡回機の照準も多門へ集中した。
仲間たちは裏口から逃げた。
最後に残った少年が泣きながら言った。
「おじさん、全然面白くないよ」
「知ってる。今日はそれが狙いだ」
多門は笑った。巡回機が窓を破った。
二年後、避難区では毎月一度、誰も声を出さない喜劇祭が開かれるようになった。役者は身振りだけで演じ、観客は口を押さえ、肩を震わせる。舞台の中央には、空のマイクが一本立つ。
少年だった日暮喜平は、祭りの司会になった。
開演前、彼は必ず言う。
「笑うなとは言いません。ただ、笑いは誰かが命をかけて守ったものだと覚えていてください」
客席は静かだ。
それでも開幕の合図とともに、何百もの目が笑う。
兵器AIが最後まで採点できなかった、人間の顔だった。