給水車の前
台風で断水した朝、給水所の列へ砂河内維景が軽トラックを横づけした。
荷台には空のポリタンクが二十個。
「飲食店をやってる。営業が止まったら損害が出るんだ。一般家庭より先だろ」
風待丘巴依は町内会の腕章を見せ、最後尾へ回るよう頼んだ。配布は一世帯二十リットル。維景は名刺を束で出し、系列店二十軒分だと言い張った。
だが住所はすべて同じ貸倉庫だった。
後ろには、乳児のミルク用の水を待つ家族と、在宅医療の器具洗浄に水が必要な世帯がいた。町内会は優先配布の名簿を用意していたが、維景の名は事業者枠にも住民枠にもなかった。閉店した店の営業許可番号も、すでに失効していた。高齢者が、維景のスマートフォン画面に気づいた。〈災害用天然水・本日限定〉と書き、給水所でもらう前から一本三千円で出品している。
巴依は給水車の職員へ合図した。
この給水は、市と水道事業者の災害協定に基づく無償配布で、転売目的の受領と虚偽住所の申告は禁止されている。事業者向け水は別便で、保健所への届出と容器検査が必要だった。
維景は「水をもらってから何に使うかは自由だ」と怒鳴った。
市職員が、彼の出品画面を保存し、食品表示欄を指した。商品名は“天然水”、採水地は県外、賞味期限も適当に入力されている。給水車の水は水道水であり、その表示で販売すれば虚偽になる。
さらに維景の飲食店は、前年に閉店していた。名刺の店舗番号へ電話すると、別人が出た。
警察官が事情を聞き始め、通販サイトは災害便乗の虚偽出品としてページを削除。市は虚偽申請を理由に、維景への配布を拒否した。
軽トラックは列から移動させられた。
巴依は、重い容器を運べない人の分を町内会の台車へ載せる。維景が占めていた場所には、乳児を抱いた家族と、在宅医療用の水を必要とする世帯が入った。
給水口から最初の水が注がれ、通販画面に〈出品者利用停止〉と表示された瞬間、二十個の空タンクは最後まで空のまま、必要な家へだけ水が行き渡ることが決まった。