羊十頭目の薪
北の高地では、羊飼いたちが春まで身体を洗わなかった。
水がないのではない。谷底に温泉が湧いている。だが昔の領主が造った石囲いは崩れ、直す費用を各戸同額で集めようとするたび、羊を三頭しか持たない家が反対して話が消えた。
新しい牧区長オルフェは、羊の数を一軒ずつ数え直した。
「九頭までは負担なし。十頭目から、羊五頭につき乾いた羊毛ひと束か、薪一束。百頭持つ家は多く、五頭の家はゼロです」
大牧主が眉を上げた。
「貧しい家も同じ湯に入るのにか」
「同じ湯だからです。病が一軒に出れば群れを越えて広がる。多くの羊を持つ人ほど、清潔な村から大きな利益を得ます」
さらにオルフェは、集めた羊毛を売った額、薪の本数、石工への支払いを広場の柱に刻むと約束した。残金が出た年は翌年の負担を減らす。牧区長の裁量で酒宴に回す余地はない。
その日の夕方、羊を八頭持つ少年が小さな石を運んできた。
「うちは税なしだけど、これなら出せる」
オルフェは受け取らず、作業場の脇を指した。
「寄付の山はあそこ。税の山とは混ぜない。君の石だと分かる札を立てよう」
少年は胸を張った。翌日には、免除された家々の石が山になった。大牧主も、自分の羊毛が何枚の床板に替わったかを見て、余分に防風布を差し出した。
雪の降る朝、修復された湯だまりに透明な湯が満ちた。入口には二本の縄が張られ、一方は人の浴槽、一方は羊を洗う浅瀬へ続く。湯を奪い合わないための、たった一つの境界だった。
少年が十頭目ではない一番小さな子羊を抱き上げる。首の鈴が、湯面に触れた光の中で鳴った。
大牧主は入場口で、免除家の少年を先へ通した。税を多く払った順ではなく、朝早く来た順だと自分から言ったので、周囲が驚いた。柱には今年集まった羊毛と、来年減らせる負担量まで刻まれている。少年の運んだ石は浴槽の縁に使われ、印の小さな星が彫られていた。税ではなかった一個の石も、共同体の中では消えずに残った。
その音を合図に、誰からともなく石囲いの扉が開かれた。