聖女と泥鰌の鍋
エステラがもらった辺境の土地は、立派な川ではなく、葦だらけの細い水路に囲まれていた。
「こんな泥水では、作物も育たないでしょう」
彼女を捨てに来た役人はそう言い残した。王都では浄化しかできない三流聖女と笑われたエステラも、最初は同じことを思った。
だが、水路へしゃがむと泥の下で何かが動いた。
細長い影だった。
エステラは倉庫から籠を一つ見つけた。底には穴があり、そのままでは使えない。今日の開拓は畑ではなく、この籠を直すことにした。柳の皮を裂き、穴へ編み込み、入口だけを狭く残す。中へ潰した豆と野草を入れ、水路の曲がりへ沈めた。
釣竿を振る派手さはない。けれど餌で魚を誘い、待って捕るのも立派な釣りだと、昔の料理番が教えてくれた。
待つ間、エステラは水路の岸を一歩分だけ踏み固めた。明日、籠を上げるとき足を滑らせないためだ。大聖堂では一歩先の備えをしても、すべて大神官の功績になった。ここでは土についた自分の靴跡が、そのまま仕事の証になった。
夕方、籠を持ち上げると、泥鰌が三匹、ぬるりと銀の腹を返した。
「泥水しかない、ではなくて。泥水だから、いたのね」
井戸水で泥を吐かせ、刻んだ根菜と一緒に小鍋へ入れる。聖女の光は使わず、薪の火でゆっくり煮た。味噌に似た発酵豆を溶くと、土の匂いの奥から甘い湯気が立ち上った。
ちょうどその頃、王都から神官が来た。新しい聖女が浄化に失敗し、疫病が広がりかけているという。金縁の帰還命令書が差し出された。
エステラは受け取ったが、鍋の蓋を取るほうを優先した。
ぽこり、と泥鰌の鍋が鳴る。
「冷めてからでは、味が落ちますから」
神官は命令書を読めと迫った。エステラは木椀へ汁をよそい、ふう、と湯気を吹いた。
神官の腹が小さく鳴った。エステラは二杯目の椀を用意したが、命令書と交換するとは言わなかった。ただ、食べたいなら座るように顎で示した。ここでは彼女が主人であり、客を空腹のまま立たせる趣味はない。
誰かの役に立たなければ食事も許されなかった日々は、もう終わった。最初の一口は素朴で、熱くて、泥の土地とは思えないほど旨かった。