聖女の手で閉じるひび

癒やしの力を失ったミレネは、聖都から「空の器」と呼ばれて追放された。

辺境で与えられた家には、先住者が残した丸いパン窯があった。ただし天井に細いひびが走り、火を入れれば灰が生地へ落ちる。

ミレネは朝から、ひびを閉じることだけに取りかかった。

川辺で粘土を掘り、乾いた藁を刻んで混ぜる。指で練るたび、土の冷たさが爪の間へ入った。聖女だった頃の手は、傷口に触れれば光を放った。今は泥だらけになり、何も輝かない。

それでも、ひびへ粘土を詰めることはできた。泥は傷のように血を流さず、触れた場所から逃げもしない。力を失って初めて、手を動かした分だけ進む仕事があると知った。

家の裏に住みついた黒猫ヨルが窯の上から覗き込み、尻尾で灰を払った。ミレネは笑い、最後の隙間を親指で均した。爪の跡が一本残ったが、消さなかった。誰かの聖印ではなく、自分が直した証に見えたからだ。

昼過ぎ、弱い火を入れた。乾き始めた土から湯気が上がり、藁の青い匂いがした。ひびは広がらない。灰も落ちない。

畑の端で見つけた香草を刻み、粉へ混ぜた。小さな丸パンを三つ成形し、窯へ入れる。一つは自分、一つはヨル、一つは明日の分だ。

焼ける間に、白い法衣の司祭が来た。

「大聖堂の治癒陣が動かない。聖印を返すなら、名誉を回復すると枢機卿猊下が――」

司祭が差し出した書状へ、ヨルが前足を載せた。泥の肉球跡がつく。

ミレネは謝らず、窯の前へ膝をついた。ちょうど中から、ぱち、とパンの表皮が割れる音がしたからだ。

扉を開けると、香草と小麦の匂いが温かな風になって流れた。三つのパンには灰一粒落ちていない。ミレネは一つを割り、白い湯気へ頬を寄せた。

奇跡ではなかった。ひびを見つけ、土を練り、指で埋めた結果だった。

「お返事を」

「この子が冷めてしまいます」

ミレネはパンの柔らかな中身を少しちぎり、ヨルの皿へ置いた。

癒やしの光は戻らなかった。けれど彼女の手が直した窯は、今夜の食事を一粒の灰からも守っていた。