聖櫃に残る五本の指
鎮魂夜会の終わり、失われた聖遺物がイゾルデの袖から転がり落ちた。
黒曜石の指輪が床を打つ音に、祈りの歌まで止まる。
「聖櫃から盗み、自分が選ばれた聖女だと偽るつもりだったのだな」
婚約者ドナトは剣を抜いた。
「イゾルデ・ネヴァル。盗人との婚約を破棄し、神殿へ引き渡す」
盗難の刑は両手の魔力を封じることだ。幼い頃から治癒術を学び、疫病区で働いてきたイゾルデにとって、それは職も生き方も奪う宣告だった。にもかかわらずドナトは、聖櫃の鍵を調べることも、彼女の話を聞くこともせず、すでに勝ち誇っている。その速さこそが、彼女の恐怖を冷静さへ変えた。
「承知しました。その前に、聖櫃の法に従いましょう」
その声が震えなかったことに、ドナトは苛立ったようだった。泣いて許しを請う姿まで、彼の筋書きには必要だったのだろう。
イゾルデは膝をつかず、指輪にも触れなかった。祭壇脇に立つ異国の大公アーノルドへ視線を向ける。
「触歴鏡を」
アーノルドは布に包んだ鏡を床へ置いた。彼がしたのはそれだけだ。聖遺物へ触れた直近五人を、順番どおり影として映す証拠魔法は、イゾルデ自身が神殿へ導入を提案したものだった。
彼女が鏡面へ起動句を告げる。黒曜石の指輪の上に、五つの手が半透明に現れた。
一人目は老司祭。二人目は聖櫃の番人。三人目はドナト。四人目もドナト。そして五人目は、夜会の混雑に紛れ、イゾルデの袖へ指輪を滑り込ませる彼の手だった。
「これは……聖遺物を確かめただけだ」
「二度目は、わたくしの袖の中で?」
答えはなかった。ドナトは剣を下ろし、愛ゆえに試した、潔白なら婚約を戻してやると言った。
「試されたのは、わたくしではありません。殿下が権力を持つ資格です」
イゾルデは婚約の鎖を首から外し、聖櫃の前へ置く。
「破棄を受諾します。盗まれたのは指輪ではなく、わたくしの未来になるところでした」
彼女は元婚約者に背を向けた。アーノルドが、国際神殿の監察官として来てほしいと手を差し出す。イゾルデは自ら一歩を踏み出し、その手を取った。