脱水のあとに残る水

吉岡が借りた部屋は、三か月だけ住むためのものだった。

 家具付きのワンルーム。白いベッド、白い机、白いカーテン。自分で選んだ物は、枕元の黄色い時計くらいしかない。研修が終われば元の支店へ戻る予定で、段ボールも半分は開けていなかった。

 午前一時、隣室の洗濯機が脱水を始めた。

 回転が速くなるにつれ、壁の中で低い振動が膨らむ。少し傾いているらしく、一定の間隔で、たん、たん、と床を叩く。天井の丸い照明がわずかに震え、空調の風がカーテンを押した。外では雨が降り続いている。

 毎週水曜、隣の人はこの時間に洗濯をする。

 吉岡は最初、うるさいと思った。けれど二週目には、脱水が始まると曜日を思い出すようになった。知らない町で、曜日だけが壁から届く。

 今夜、会社の同期から写真が送られてきた。元の支店の休憩室で、三人がケーキを囲んでいる。吉岡の席だった場所には観葉植物が置かれていた。戻る場所は残っているはずなのに、写真の中ではもう別の配置になっている。

 洗濯機がいったん止まり、また回り始めた。

 吉岡の枕カバーは、引っ越してから替えていなかった。洗濯物は週末にまとめるつもりだったし、一枚だけ回すのはもったいないと思っていた。けれど今夜は、誰にも見せない顔を何度も押しつけた布が、急に重く感じられた。

 枕カバーを外し、洗面台で手洗いした。洗剤を少し入れすぎ、すすいでも泡が残る。水を替え、もう一度絞る。隣の脱水音に合わせるように、両手の中で布をねじった。

 向こうの回転がゆっくりになり、終了音が鳴った。しばらくして窓を開ける音がし、雨の匂いが換気口から薄く入ってきた。

 洗面台には、すすぎきれなかった泡が一つだけ縁へ残った。吉岡は指でつぶし、水を止める。濡れた手の冷たさが、白い家具ばかりの部屋で自分の輪郭を確かめるようだった。吉岡は濡れた枕カバーを室内のハンガーへ掛けた。今夜はタオルを枕に敷けばいい。白い部屋に、自分で洗った一枚が揺れている。

 三か月だけの部屋でも、眠る夜まで仮のものにしなくていいと思った。