膝を曲げない写真

中学の同窓会は、卒業した校舎の体育館で開かれた。

塔野つぐみは入口の梁を見上げ、あのころより低くなった気がした。もちろん、建物が縮んだわけではない。百七十八センチになった自分が、もう制服を着ていないだけだった。

最後に集合写真を撮ることになり、三十人ほどが壇上へ並んだ。つぐみは迷わず最後列へ行く。前の人の頭が隠れないようにするためでもあるが、本当はいつもの場所だからだ。

学生時代の写真では、つぐみだけが膝を曲げていた。肩も落とし、首を少し前へ出す。そうすれば「また伸びた?」と笑われる時間が短くなる。撮影後は腿が震えても、誰にも気づかれなかった。

大人になってからも同じだった。集合写真では最後列、電車ではなるべく座り、靴を買うときは踵の高さから見る。高い場所の物を頼まれるたび便利なふりをし、自分から先に笑った。

カメラ係が「もう少し中央へ」と手を振る。つぐみは二人の間へ入った。前列の誰かがしゃがみ、隣の人が半歩ずれる。身体の大きさに合わせて場所が動く。それだけのことなのに、つぐみは先に謝りそうになった。

「撮ります」と声がして、反射的に膝が緩む。

その瞬間、古い体育館の床がきしんだ。中学三年の冬、同じ床で膝を曲げ続け、翌日の階段で痛んだことを思い出した。

つぐみは足裏を床につけ直した。膝を伸ばし、背中も伸ばす。隣の肩より自分の肩が高い。頭一つぶん、列から出ている。

フラッシュが光った。

一枚目で終わるはずが、カメラ係が手ぶれを確認してもう一度構えた。つぐみは姿勢を直さなかった。二回目の数秒は、膝を伸ばしたまま立つ練習のようだった。

確認用の画面には、少し目をつぶった人や、顔が半分隠れた人がいた。つぐみの頭は切れずに収まり、髪の先まで写っている。撮り直しを頼むほど完璧ではない写真だった。

幹事が共有用のコードを掲げる。つぐみは保存ボタンを押した。拡大して自分だけを確認せず、そのままスマートフォンを伏せる。

帰り際、体育館の扉のガラスに全身が映った。つぐみは肩を落とさず、梁の下をくぐった。

今度の写真には、立っていたとおりの高さで残る。