臆病者を選ぶ狼笛

古道具屋〈月牙棚〉の主人フォルンは、獣使いギルドから「役立たず専門」と呼ばれていた。

彼の棚にあるのは、音の出ない鈴、毛の抜けた鞍、ひび割れた角笛ばかり。だがフォルンの《遺物読解》には、それらが失ったのではなく、選んで働かないだけだと分かっていた。

蒸し暑い昼下がり、獣使いグランゼが入ってきた。大柄な男なのに、入口で何度も背後を確かめている。

「俺の戦狼が、命令を聞かなくなった」

半年前、魔獣に襲われた際、グランゼは狼を置いて逃げた。その噂が広がり、彼は臆病者と嘲られている。明日の護衛任務で狼が従わなければ、ギルドを除名されるという。

「従わせる首輪をくれ」

「ありません」

「なら来た意味がない」

「代わりに、従うふりをしている獣を呼ばない笛があります」

フォルンが出したのは、狼の牙で作られた古い口笛だった。

「これは命令ではなく、一度だけ問いかけます。『それでも、この者を守るか』と」

グランゼの顔が歪む。

「断られたら?」

「その答えを受け入れてください」

彼が笛を吹いても、人の耳には何も聞こえなかった。しばらくして、店の外で鎖が切れる音がした。灰色の戦狼が駆け込み、グランゼを押し倒す。喉笛を噛むかと思われた牙は、彼の外套を引き裂き、背中に隠れていた毒針虫を噛み潰した。

狼は一度だけ男の頬を舐め、店の外へ戻った。

グランゼは床に座り込んだまま泣いた。

「まだ、守る気だったのか」

「獣は、あなたが逃げた理由も覚えています。あの日、あなたは狼の子を抱えていた」

男は唇を噛み、口笛を両手で包んだ。

三日後、護衛を成功させたグランゼが戻った。胸には除名札ではなく銀の昇格章がある。

彼は金貨を置き、さらに狼の首輪から外した黒い牙を一本添えた。

「代金と、こいつからの礼だ。もう命令だけで使う気はない」

フォルンが牙を受け取ると、狼笛のあった棚だけが朝日のように明るく見えた。

グランゼが戸を閉めた直後、からん、と二度目のドアベルが鳴った。