舞台下の一日

学芸会で、僕はたった一行の台詞をもらった。

「門を開けてください」

それだけなのに、練習では「も、も、も」と最初の音で止まった。

先生は待ってくれたが、後ろの誰かが笑った。

本番前日の休み時間、体育館の舞台下へ隠れた。

幕をしまう狭い場所で、引き戸を閉めると、外の十分が、こちらでは一日になった。

チャイムは遠くで伸びたまま聞こえ、僕の腕時計だけが進んだ。

舞台下には古い小道具と、先輩たちの落書きがあった。

「台詞を忘れた」

「転んだ」

「笑われた」

失敗ばかり書いてあるのに、その下には必ず、

「でも終わった」

と別の字で続いていた。

僕は一日中、木の扉へ向かって台詞を言った。

百回目でも「も」で止まった。

二百回目に、最初を変えてみた。

「どうか、門を開けてください」

台本とは違う。でも「ど」なら声が出た。

外ではまだ休み時間だった。

引き戸を開けると、友達が一人、舞台の端で僕を探していた。

先生へ言いつけるのかと思ったが、その子も小さな声で言った。

「明日の歌、最初の音が出ない」

僕は舞台下を指した。

二人で入り、外の五分を、半日使った。

僕は台詞を言い、その子は歌った。

上手にはならなかった。

ただ、止まっても次を待つことに慣れた。

本番、僕はやっぱり最初の音で詰まった。

客席が静かになる。

胸の中では、舞台下の一日がゆっくり続いていた。

隣の友達が、誰にも分からないほど小さく息を吸った。

僕も同じように吸った。

「どうか、門を開けてください」

台本と違う台詞に、先生が一瞬目を見開いた。

けれど門番役の子はすぐに扉を開けた。

そのあと友達の歌が始まり、最初の音は少し震えたが、止まらなかった。

拍手は大きくなかった。

物語の中では、ただ門が一つ開いただけだからだ。

片づけのとき、僕たちは舞台下の壁へ書き足した。

「止まった」

その下に、二人で同じ言葉を書いた。

「でも、待ってもらえた」

翌年、引き戸は新しい鍵に替わり、もう開かなかった。

それでも教室で誰かが言葉に詰まると、僕は続きを先に言わない。

舞台下で覚えた一日分だけ、黙って待つことができる。