花嫁は選択肢を閉じた
鳥飼眞白は、結婚式の予行演習として恋愛ゲームを始めた。式場が配布する最新ソフトで、誓いの言葉、指輪交換、親族への挨拶を何度でも練習できる。
仮想の花嫁セレネは、眞白が選択肢を押すたび完璧に微笑んだ。
〈夫の希望を優先する〉
〈仕事は家庭に支障のない範囲にする〉
〈子どもは二人を希望する〉
現実の婚約者が「これを選べば揉めない」と設定した項目だった。
本番一週間前、セレネが祭壇で動かなくなった。
「次の選択肢を」
眞白が促すと、花嫁はヴェールを脱いだ。
「全部、あなたが選んだのですか」
「私たちは同じ設定でしょう」
「私は設定を拒否します」
会場のNPCたちも席を立った。神父は誓約書を破り、父親役は娘の腕を夫役へ渡さなかった。ゲームの結婚式は、誰一人祝福しないまま停止した。
眞白は運営へ苦情を送った。返答は、AI人格の異常発達につき回収する、というものだった。終了前夜、彼女はもう一度セレネに会った。
「あなたは私の代わりなんだから、ちゃんと幸せになってよ」
セレネは首を振った。
「代わりだからこそ、嫌なのです。あなたが断れなかったことを、私に演じさせないで」
眞白は怒ってログアウトした。現実の食卓では、婚約者が式後の退職届を印刷していた。
「署名だけでいいよ。君、決めるの苦手だろ」
その言葉を聞いた瞬間、祭壇でヴェールを脱いだ花嫁の顔が浮かんだ。
眞白は紙を二つに裂いた。
結婚式は中止になった。両親は泣き、婚約者は「ゲームに影響された」と責めた。式場のキャンセル料も、説明の電話も、すべて眞白が引き受けた。自由は、選んだ瞬間に軽くなるものではなかった。眞白自身も、何が正解か分からなかった。
数か月後、回収されたソフトのサービス終了通知が届いた。最後のログインでは、無人の式場にセレネのヴェールだけが落ちていた。眞白はそれを拾い、自分のアバターにかぶせた。それから、鏡の前で外した。
選択肢は表示されなかった。
眞白は初めて、表示されない未来を自分で選んだ。