苗字のない盆

篠宮仁志が櫛名村の「名無し盆」を訪れたのは、亡父の戸籍をたどるためだった。二十八歳まで一度も聞いたことのない村名が、古い除籍謄本の端にだけ残っていた。

戸籍では、父の出生欄だけインクが滲み、苗字を判読できなかった。仁志は父と折り合いが悪く、亡くなるまで故郷を尋ねなかった。その後悔から、名前さえ確定すれば父を理解できると思い込んでいた。祭礼ノートには、苗字を書いた調査者の頁だけ、本人の署名が翌年から別人の筆跡に変わっていた。

公民館の祭礼ノートには、歴代の調査者が同じ注意を書き写している。

《奉納札に、自分の苗字を書いてはいけない》

櫓の太鼓はゆっくりで、踊り手は互いを「兄」「叔母」「隣」と呼んだ。仁志が名字を尋ねるたび、相手は口元へ指を当て、彼の父に似た目で笑った。

祭りでは、参加者が細い木札に名前を書き、灯籠へ入れる。ただし地元の人は「長男」「隣家の嫁」「今年生まれた子」としか書かない。仁志は受付で理由を尋ねたが、係の老人は「苗字は家へ帰るための目印だから」とだけ答えた。

父の実家が本当にここにあった証拠が欲しかった。仁志は鉛筆を持ち、最初は「仁志」とだけ書いた。だが、それでは研究にも相続手続きにも使えない。周囲が盆踊りへ移った隙に、一度だけ「篠宮」と書き足した。

灯籠へ札を入れた瞬間、会場に並ぶ提灯の家紋がすべて同じ形になった。仁志のスマホケースに刻まれた篠宮家の紋だった。

翌朝、母へ写真を送った。

【仁志】父さんの生まれた村、見つけた。

既読はついたが、返事が遅かった。

【母】失礼ですが、どちらの篠宮さんでしょうか。

【仁志】俺だよ。仁志。

【母】仁志はうちの息子の名前です。三年前に亡くなっています。スマホを拾ったなら警察へ届けてください。

電話をかけても、母は声を聞いて切った。兄も叔母も、仁志という名は知っているのに、彼を知らなかった。

連絡先を見ると、家族全員の表示から苗字だけが消えていた。母、兄、叔母。最上部に、見覚えのない新規連絡先が一件ある。

《篠宮家(空き)》

そのとき家族チャットが更新された。

《篠宮仁志がグループから退出しました》

仁志はスマホを握っている。退出操作などしていない。

続いて母が、誰もいないグループへ短く書いた。

【母】これで、あの子も家に帰れます。