落第生の防壁実習
王立学院の防壁実習で、リュセラの成績欄だけは空白だった。
零点ですらない。測定水晶が彼女の防御値を読むたび、文字を消して黙り込むのだ。
教官ドルネクはそれを「故障」と決めつけた。
「攻撃魔法を一つも使えない者が、特待生席にいるのは不公平だ。今日こそ実力を公開する」
実習場には、実物大の城壁が組まれていた。候補生は崩落範囲から脱出し、模擬市民の人形を守れば合格。リュセラは弁当箱を胸に抱え、壁の内側へ入った。
「盾は?」
「購買で売り切れていました」
観覧席が笑う。
ドルネクは予定より三段強い術式を選び、壁の支柱を爆破した。石材が一斉に傾き、リュセラと人形を呑み込む。土煙が結界まで押し寄せ、笑い声は歓声に変わった。
教官は採点板へ不合格印を押しかけた。
そのとき、煙の中で弁当箱の留め金が鳴った。
かちり。
リュセラは毎朝、母に「食べる前に勝手に開けるな」と言われている。潰れたなら、あんな軽い音はしない。
煙が晴れる。
彼女は同じ姿勢で立っていた。弁当箱を胸に抱き、人形三体を背後へ並べている。城壁は周囲だけ粉砕され、弁当箱の布包みにも埃がついていなかった。
観覧席の級友たちは笑うことを忘れた。崩落前、リュセラの隣に置かれた色粉の袋が破れ、壁の落下経路を赤く染めている。その軌跡は確かに彼女の頭上へ集中し、そこで突然途切れていた。回避でも転移でもないことを、授業用の仕掛けが証明していた。
「隠し障壁だ!」
ドルネクは教壇下の制圧砲を引き出した。暴走した上級魔族を止める教師専用兵器で、候補生へ向けてよい物ではない。
「これを防げば認めてやる!」
光弾が直撃し、二度目の白煙が実習場を満たす。結界に亀裂が走り、観覧席の生徒たちは机の下へ潜った。
煙が晴れたときも、リュセラは弁当箱を抱く角度まで同じだった。
「お昼前に壊さないでください」
測定官が新しい王級水晶を持ち込み、彼女へ向ける。水晶は青、赤、白と色を変え、最後には透明になった。
採点板へ自動で刻まれた結果は、たった六文字だった。
《防御値・測定不能》