薄くなる橋の両岸で
メルサとヴェグルの町では、恋人になると二人の家のあいだに硝子の橋が生まれる。
橋は本心を語れば厚くなり、我慢を「大丈夫」と言い換えるたび、目に見えないほど薄くなる。
最初の一年、二人の橋は青く頑丈だった。
メルサが夜中に会いたいと言えば、ヴェグルは橋を渡った。
ヴェグルが仕事を辞めたいと打ち明ければ、メルサは朝まで隣にいた。
三年目、メルサは一人で食べる夕食が増えた。
「寂しい?」とヴェグルが訊く。
「大丈夫」
橋の端が少し透けた。
ヴェグルは工房で失敗しても話さなくなった。
「何かあった?」とメルサが訊く。
「大丈夫」
硝子の中央に、細い光が走った。
二人は相手を責めたくなかった。
疲れている相手へ自分の寂しさを渡すことを、愛ではないと思った。
だから優しい言葉を選び、橋は毎日薄くなった。
七年目の冬、メルサが橋へ一歩乗せると、足元から町の灯が透けて見えた。
向こう岸にヴェグルが立っていた。
「渡らないで」
彼が叫んだ。
「会って話そう」
「中央まで持たない」
二人は橋を挟み、遠くから話した。
「まだ好き?」
メルサが訊く。
「好きだ」
「私も」
「じゃあ、厚くできるはずだ」
本当のことを言えば橋は戻る。
けれど、二人が今いちばん言いたかった本心は同じだった。
――もう、渡ることに疲れた。
その言葉を口にすれば、橋は厚くなるだろう。
別れを正直に望んでいるからだ。
メルサは泣きながら笑った。
「私、大丈夫じゃなかった」
「僕も」
「もっと早く言えばよかったね」
「早く言えば、まだ渡りたかったかもしれない」
二人が本心を告げるたび、橋は一度だけ青さを取り戻した。
皮肉なほど頑丈になり、今なら安全に渡れた。
けれど二人は、どちらも足を踏み出さなかった。
直った橋と、戻った愛は同じではない。
翌朝、町の職人が橋を外した。
壊れていないので、作業は静かに終わった。
メルサとヴェグルは最後まで互いの岸にいた。
手を振り、相手の姿が建物の陰へ消えるまで見送った。
橋は我慢で薄くなった。
別れは、本音で厚くなった橋の上を渡らないと、二人が初めて同時に選んだことだった。