薬師台の赤い処方箋
治癒院の受付で、ガルディオ卿は紫色に濁った薬瓶をメルザの顔へ突きつけた。
「妻がこれを飲んで倒れた。店を私へ譲れ。拒めば毒殺未遂で吊るす」
待合室が静まり返る。メルザはまだ見習い薬師だったが、泣きも謝りもしなかった。
「調剤事故として登録します。お持ちの処方箋に、服用者と開封者をご記入ください」
「私が開け、妻に飲ませた。間違いない」
ガルディオは赤い処方箋へ署名し、証人欄には従僕の指を無理に押しつけた。
「これで逃げられまい」
メルザは薬瓶を薬師台へ置いた。赤い処方箋が淡く光り、瓶底の文字を映し出す。
『開封者――ガルディオ。開封時刻――本日九時十二分。内容物排出――九時十三分。再注入――九時十五分』
薬瓶は偽造防止のため、栓を開けた者と液体の出入りを記録する。処方箋の裏に大きく説明されており、ガルディオは今しがた「間違いない」と署名した。
「再注入された液体を検査します」
メルザが銀針を浸すと、針は黒くなった。
「眠り茸と葡萄酒です。命に関わる毒ではありませんが、意識を失わせます」
「お前が入れた!」
「開封者の魔力紋は卿だけです」
さらに処方箋の余白から音声が流れた。重大事故の申告時、威迫を防ぐため受付周辺の声を保存する仕組みだ。
『妻には眠り薬を飲ませた。倒れた写真さえあれば、治癒院を奪える』
ガルディオが来院直前、従僕へ命じた声だった。彼は自分で処方箋を台へ叩きつけたため、記録を開始させていた。
待合室の奥から、妻が介助されて姿を見せた。眠気は残っていたが、自分の足で立っている。彼女は夫ではなくメルザへ向かい、深く頭を下げた。
「黙れ! 私は薬務監督官だ。記録ごと廃棄を命じる!」
奥の扉が開き、監督官章をつけた女性が入った。
「元監督官、です」
メルザの師匠ではない。王立薬務局長だった。
局長は赤い処方箋と署名を確認し、封蝋を割った。
「ガルディオに薬務資格の永久剥奪、および傷害・恐喝容疑による逮捕命令を通告する」