融資通知は二十二時
二十一時五十分、萩乃は花屋のシャッターを半分だけ下ろした。
母から継いだ十二坪の店は、開店して四年目だった。春の卒業式需要を見込んで仕入れすぎ、予約のキャンセルが重なり、来月の家賃が危ない。花は傷む前に売らなければならず、赤字でも明日の水替えは待ってくれない。泰臣は幼なじみで、税理士で、萩乃が好きな人でもある。彼は三日前、無利子の貸付契約書を差し出した。萩乃は受け取らなかった。借りた瞬間、彼への気持ちまで返済表に載る気がしたからだ。返済のたび会えることを喜んだら、それは恋なのか利息なのか、自分でも分からなくなる。
銀行の追加融資の結果は二十二時までにメールで届く。泰臣は「通知が来るまで」と店に残り、売れ残った白いガーベラを束ねていた。
「助けはいらない」
「まだ何もしてない」
「契約書も持ってきたでしょう」
「花を買いに来ただけ」
レジ横には、どう見ても花代より厚い封筒がある。萩乃が睨むと、泰臣は肩をすくめた。
「融資が駄目なら?」
「店を畳む」
「その後は?」
「連絡しない。情けないから」
「俺が待つのも駄目?」
「助けはいらないってば」
冷蔵ケースのモーターが止まり、店内時計の秒針だけが大きくなった。ガーベラの青い染料が、泰臣の指先へ薄く移っている。二人とも狭いカウンターの内側にいて、シャッターを上げない限り逃げられない。
二十一時五十九分、スマートフォンが震えた。件名は《審査結果のお知らせ》。指がうまく動かず、泰臣が「開ける?」と聞く。萩乃は首を振り、自分で画面を押した。
融資承認。
息を吐くと、泰臣は白いガーベラを一本、レジへ置いた。
「じゃあ、俺の出番はないな」
萩乃は三度目を、少し違う声で言った。
「助けはいらない。でも、帰ったら連絡して。結果を知らせたい相手でいて」
泰臣は封筒を鞄へ戻し、花代だけを支払った。外へ出た彼の背中を見届けてから、萩乃はシャッターを下ろさず、通知音を切っていた彼のトーク画面だけミュート解除した。