袖の中には出口がある

わたしの名は「抜け道」。

人間は、わたしが細いところへ入るたび困る。クッションの裏、鞄の底、丸めた毛布。入口があれば入り、行き止まりなら戻る。それだけのことだ。

飼い主の梯子谷絃には、右腕の途中から先がない。

事故の前、絃はヴァイオリンを弾いていた。帰宅すると、わたしは弓のケースへ潜り、よく叱られた。

事故のあと、弓も楽譜も押し入れへ入った。絃は右袖を折って安全ピンで留め、鏡を見なくなった。

見舞いに来る人は「左手でできること」を数えた。絃は礼を言い、帰ったあとでカーテンを閉めた。できることの一覧は、できなくなったことの裏返しだった。

ある冬の日、ピンが外れていた。

わたしは垂れた袖口を見つけ、迷わず入った。暗い布の道を進むと、肩の近くで行き止まりになった。向きを変えようとして暴れると、絃が叫んだ。

怒られると思った。

けれど彼女は、久しぶりに声を立てて笑った。

「そこ、出口ないよ」

わたしは知っている。出口がなければ、入った場所へ戻ればいい。

袖から顔を出すと、絃は泣きながら笑っていた。

次の日、彼女は右袖を切らず、内側へ小さな布の輪を縫いつけた。わたしが入り込みすぎないための止まり木ならぬ、止まり輪だ。

やがて袖には鈴が一つ増えた。わたしが通ると音が鳴る。絃はその音を録音した。床を走る爪、トンネルを抜ける息、餌皿を引きずる音も録った。

最初の曲は三十秒しかなかった。二つ目は一分。録音を重ねるうち、絃は事故後初めて、完成するまで夜更かしをした。

春、押し入れからヴァイオリンを出した。

弾くためではなかった。左手で弦をはじき、空の袖に仕込んだ鈴と重ね、短い曲を作った。以前の演奏とは似ていなかった。

だからこそ、絃は消さなかった。

発表会の日、彼女は舞台で言った。

「失ったものの代わりを見つけたわけではありません。今ある音の入口を、探し直しました」

客席の端で、わたしは眠っていた。拍手には興味がない。

家へ帰ると、絃は右袖を床へ垂らした。

「抜け道、開通」

わたしは中へ入り、鈴を鳴らし、同じ場所から戻った。

人間は、行き止まりを人生の終わりだと思うことがある。

でも道は、向きを変えた瞬間にも続いている。