赤いランプ
「それでは、三年間ありがとうございました。放送部三年、周とひよりでした」
ひよりが完璧な笑顔で頭を下げた。見える相手はいないのに、彼女は最後の昼放送でも必ず礼をする。
周は終了のボタンを押した。
校内放送の音楽が止まり、放送室に静けさが戻る。
「終わったあ」
「最後まで噛まなかったな」
「周が私の原稿にふりがな振ったからね」
「『雰囲気』を二年間『ふいんき』って読んだ人には必要」
「一回だけです」
ひよりはヘッドホンを外し、机へ置いた。二人の最後の部活動は、これで終わりだった。
「で」と彼女が言う。「台本の最後、勝手に一行消したでしょ」
「尺が足りなかった」
「『相方の周へ、卒業しても元気で』のどこが長いの」
「私信を電波に乗せるな」
「校内放送です」
「なお悪い」
ひよりが原稿を丸めて投げた。周は避けた。紙玉が操作卓に当たり、赤いランプの下へ落ちる。
「だいたい周こそ、最後の曲を勝手に変えた」
「卒業ソングは湿っぽい」
「だからって校歌のカラオケ版を流す?」
「昼休みの廊下で全校生徒が歌ってたぞ」
「怒鳴ってたの」
言い合いは、いつもの速度になった。
周は少し安心した。最後だからと特別なことを言えば、本当に終わってしまう気がしていた。
「でも」とひよりが急に声を落とす。「来月から、昼休みに周の声、聞こえないんだね」
「お前の声も」
「寂しい?」
「静かで助かる」
「最低」
「寂しいよ」
ひよりが黙った。
周も黙った。
放送室の壁は、防音のため外より静かだ。窓の向こうで、廊下を走る一年生の口だけが動いている。
「今の、もう一回」
「嫌だ」
「録音すればよかった」
「してないから言った」
「じゃあ卒業式の日、直接――」
そのとき扉が勢いよく開いた。顧問が青い顔で立っている。
「お前たち、マイク」
周は操作卓を見た。
赤いランプが点いていた。
終了ボタンだと思って押したのは、音楽だけを止めるボタンだった。職員室も教室も体育館も、二人の会話を最初から聞いていたことになる。
廊下の向こうで拍手が起きた。誰かが「もう一回!」と叫び、別の階から口笛が返る。
ひよりは両手で顔を覆った。
周は震える指で、本当の終了ボタンへ手を伸ばした。
けれど先に、ひよりがマイクを引き寄せた。
「訂正します」
全校が静まる。
「卒業しても元気で、ではなく――周、卒業しても私の声を聞いてください」
言い切ると、彼女は赤いボタンを押した。
ランプが消える。
最後の放送は、放送部史上いちばん私的で、いちばん聴取率が高かった。