赤い点を残す
片桐柑奈は喫茶「青孔雀」で、会社案内に載る自分の写真を拡大していた。
学生証の写真では薄くされ、就職活動では完全に消された。修整後の画像を見せられるたび、周囲は『自然になった』と笑った。柑奈だけが、その自然の中に自分の顔を見つけられなかった。
広報担当から届いた確認画像では、左頬の赤いあざがきれいに消されていた。肌は均一で、目の下の影もなく、知らない人のように整っている。修整前へ戻してほしいと書きかけて、柑奈は指を止めた。
これまでにも、親切なふりをした言葉を何度も聞いた。消せるなら消したほうがいい。写真だけでも楽になればいい。訂正を頼めば、面倒な人だと思われるかもしれない。
店主が出した薄青いカップには、口元に赤い点があった。口紅ではない。釉薬の下に焼きついた、豆粒ほどの色むらだった。
柑奈が布巾を探すように周囲を見ると、店主はカップを取り上げた。柔らかな布で縁を拭き、赤い点の上も一度だけなぞる。それから光へ透かし、汚れではないと確かめると、点が柑奈から見える向きに置き直した。
消すための手つきではなかった。消えないものを、汚れと取り違えないための手つきだった。
柑奈はコーヒーを飲んだ。赤い点は唇のすぐ横にあり、口をつけるたび視界から消え、カップを戻すたび現れた。
画面の中の顔には、何もない。きれいなのに、見ていると息が浅くなった。
会計で店主は、古いスタンプ台を開いた。領収書へ青孔雀の印を押すと、尾羽の一部だけインクが薄く欠けた。店主は押し直さず、そのまま乾くまで紙を持っていた。欠けた印と、赤い点のあるカップがカウンターの上で並んだ。
柑奈はスマートフォンを開き、広報担当への返信を打った。
〈修整前の写真を使用してください。頬のあざも残してください〉
「も」を消し、〈頬のあざは残してください〉に直す。お願いではなく、指定として送った。
店を出る前、柑奈は会社案内の確認欄に、自分の名前で承認の印をつけた。