赤字を入れる人
玲は、私が口頭で直し方を教えるたびに言った。
「すみません、メールでも送ってもらえますか」
しかも最近は、研修資料の最終確認を二人きりではさせてくれない。若手のくせに疑い深い。私は親切で見てあげているのに。
人事部の亜澄として、玲を育てたのは私だ。彼女のスライドにはいつも誤字があり、数字の桁がずれ、引用元が抜ける。そのたび赤字を入れ、提出直前に救ってきた。周囲が私を頼るのは当然だった。
玲は修正のたび「ありがとうございます」と言った。その声が小さいほど、私は必要とされている気がした。自信を持たせるため、翌朝もう一度だけ間違いを指摘することもあった。
新入社員研修の役員確認会で、玲は完成版を自分のパソコンから開いた。
「今回の構成と作成は、私が担当しました」
私は耳を疑った。昨夜も三つの誤りを直したばかりだ。
「一人で作ったように言うのは違うんじゃない?」
「どの修正ですか」
「離職率の小数点、講師名、それから引用年」
「その三つですね」
画面に文書履歴が映った。玲が午後六時に保存した版には、どれも正しく入っている。午後十一時十四分、私のアカウントが小数点を移し、講師名を旧姓へ変え、引用年を一年前にした。翌朝六時、同じ私が赤字を入れて元へ戻していた。
「本番前のストレステストよ」
「では、なぜ作成者を亜澄さんに変えたんですか」
「責任を持つため」
「私には『また間違えたね』と送っています」
玲はメールを印刷していた。私が何度も救ってきた記録だと思っていた文面が、今は別の顔に見えたらしい。
役員は過去の研修資料も確認すると言った。私は玲に、こんな公開処刑をする必要はなかったと囁いた。彼女は「二人きりでは、また私の記憶の方を間違いにされるから」と答えた。
会議室を出ると、共有フォルダの権限が外れていた。もう直してあげられない。きっと次こそ本当に失敗する。
玲が提出した最終版には、私が直したはずの三つの誤りが、最初から一つも存在していなかった。