返却口の青い本

黒川更紗が一日だけ外へ出る日に選んだ用事は、図書館の本を返すことだった。

青い布張りの短編集。返却期限は四か月前で、貸出延長は二度使い切っている。病院へ持ち込んだものの、最初の一編から先へ進めなかった。集中できなかったのではない。読み終えれば返さなければならず、返せば次を借りる理由がなくなる気がした。

姉は「ポストで返せるよ」と言った。市立図書館の返却口は病院からバスで六停留所。確かに誰かへ頼めば済む。それでも更紗は本を透明な袋へ入れ、外出届の目的欄に「図書返却」と書いた。

六月の歩道は光りすぎていた。バスの冷房で指先が冷え、袋の上から本の角を握った。途中、スマートフォンに図書館からの自動メールが届いた。「返却期限を過ぎています」。責める気配のない文章が、今日も同じ時刻に送られてくる。

図書館へ着くと、正面扉には児童向け行事のポスターが貼られていた。館内へ入れば、予約していた新刊の棚も見えてしまう。更紗は扉を通らず、壁際の返却口へ向かった。

袋から本を出すと、間に挟んでいたレシートが落ちた。四か月前、診断を聞いた帰りに買ったミルクティーのものだった。時刻は十六時十二分。あの日、更紗は病院の売店で一番甘い飲み物を選び、図書館へ寄ってこの本を借りた。

レシートを栞代わりにしたことを忘れていた。捨てようとして、近くにごみ箱がないのに気づく。折って鞄へ戻した。記念にするつもりはない。ただ、借りたものへ混ぜたまま返すのは違うと思った。

返却口の蓋は重かった。片手で持ち上げると、内側から紙と埃の匂いがした。本を横向きに置く。背表紙に貼られた分類ラベルの端が浮いていたので、爪でそっと押さえた。借りている間についた傷かもしれない。司書へ言うほどではない小さな浮きだった。

まだ手を離さなければ、延滞は続く。

自動メールを開き、画面を閉じた。更紗は青い背表紙から指を外した。

本が奥の台へ滑り、見えないところで短く音を立てた。