返却台のうさぎ箱

市立図書館の職員用冷蔵庫から、水瀬さつきの弁当が消えた。

うさぎの留め具が付いた古い漆塗りの箱。祖母の形見で、角は擦れているが、さつきは毎日使っていた。

子どもの頃、図書館へ行く日は祖母がその箱に俵むすびを詰めてくれた。帰り道で空になった箱を振ると、うさぎの金具が小さく鳴った。その音まで覚えているため、似た新品へ替える気にはなれなかった。

昼前にバックヤードへ入ったのは、先輩司書の城戸、学生ボランティアの河内、警備員の大庭。三人とも「弁当には触っていない」と言った。

けれど冷蔵庫には、見覚えのない白い保存容器がある。開けると、中身はさつきの昆布おにぎりと煮物だった。流し台には、製本修理に使う白い麻糸が一本。さらに修理記録の端に、城戸の字で「横十八、縦十二、留め具一」と寸法が書かれていた。

さつきは本の修理室へ向かった。

作業台の上に、うさぎ箱があった。外れかけていた留め具は、細い麻糸で丁寧に固定されている。城戸は拡大鏡を外し、観念したように椅子を引いた。

「先週、返却本を運んだとき、落としました」

「箱を?」

「角をぶつけて、留め具を割った。あなたは前から緩んでいたと思ったみたいだったから……言いそびれました」

城戸は無口で、謝罪も説明も本の分類番号ほど簡潔な人だ。黙って直せば済むと思ったのだろう。けれど箱の内側には、祖母が書いた薄い名前がある。勝手に触れられたことより、捨てずに直そうとしてくれたことが、さつきの胸に残った。

城戸は修理前の状態を写真に残し、外した破片まで小袋に入れていた。大切なものとして扱った痕跡が、言葉より多かった。

「図書館の修理は、元通りに見せるためじゃありません」

城戸は麻糸の結び目を指した。

「これ以上壊れないようにして、また手に取れるようにするためです。謝るのも、たぶん同じでした」

さつきは箱を受け取った。うさぎの耳の横に、新しい白い糸が見える。傷は隠れていない。

休憩室で、中身を箱へ戻した。城戸が扉のところで立っている。

さつきは昆布おにぎりを一つ持ち上げた。

「この箱の返却期限は?」

「ありません」

「では、長く借ります」

一口かじると、海苔がぱり、と静かに鳴った。