返品棚の迷路

午前一時、通販倉庫の搬送ロボット百六十台が、返品棚の前で動かなくなった。

夜勤のシステム担当、伊佐見文乃が現場へ下りると、黄色い車体が通路を埋め、互いに譲り合うように停止していた。出荷締切まで二時間。責任者は「全部電源を入れ直せ」と言ったが、文乃は首を振った。

「電源を切れば、今持っている商品の位置情報が消えます」

ロボットは壊れていなかった。管理画面には「棚を予約中」と出ている。出荷用のロボットが商品棚を取りに行き、返品処理のバッチが同じ棚番号を書き換えようとして、互いのロックを待っていた。デッドロックだった。

昨夜から、返品の在庫を早く戻すため、処理件数を三倍に増やしていた。効率化したはずの作業が、出荷と同じ通路を奪っている。

文乃は返品バッチを止めた。ただし強制終了はしない。途中の箱が「処理済み」と「未処理」の両方から消える危険がある。最後に確定した伝票番号を控え、そこまでを完了させてから停止させた。

次に、停止中のロボットを一斉解放せず、出口に近い十台だけ動かした。一気に動かせば、狭い交差点で本物の渋滞になる。黄色い列が、糸をほどくように少しずつ流れ始めた。通路脇で待っていた作業員が、抱えていた箱をようやく棚へ置く。文乃は人を先に退避させていた。機械の渋滞が解ける瞬間ほど、予想外の方向へ動くからだ。

「返品は明日に回すのか」と責任者が聞く。

「三十分ごとに小分けします。出荷が空く隙間だけ使います」

二時二十分、最後の当日便が封をされ、トラックへ滑り込んだ。責任者は出荷数を見て、文乃ではなく動き始めた床に向かって息を吐いた。

文乃は返品棚へ戻り、止めた番号の次からバッチを再開した。朝番への引継ぎを書き終えたところで、荷受け口のシャッターが上がる。

海外便の返品パレットが、予定より早く三十枚届いた。

文乃は新しい処理件数を「三倍」ではなく「十件」に設定した。倉庫は、速さより詰まらないことのほうが難しい。