迷宮王の鍵は宝箱を開けない
荷物持ちのナディアは、迷宮王の部屋へ一人で突き落とされた。
「限定ドロップが出たら拾ってこい。生きていればな」
元仲間たちは扉の向こうで笑った。だが迷宮王を倒したあと、天井が崩れ始めると、真っ先に助けを叫んだのも彼らだった。
ナディアの能力《ボス枠必中》は、初めて倒したボスの限定品を必ず一つ出す。彼女が必要としていたのは財宝ではない。閉鎖された迷宮から全員を帰す《帰路王鍵》だ。荷物持ちとして地図、油、予備縄の残数を毎日数えてきた彼女だけが、崩落までの時間と取り残された人数を把握していた。
迷宮王は大剣を振り下ろすたび、自分の足元の石床を砕いた。ナディアは逃げながら、荷袋から油瓶を三本転がす。王が踏み込み、滑り、崩れた柱へ喉を打ちつけたところへ短剣を突き立てた。
黒い王冠が消え、代わりに一本の鍵が落ちる。
そこへ元仲間たちが駆け込んできた。金庫番のバルドは、奥の黄金扉を指さす。
「早く開けろ! 王の宝物庫だ!」
背後では通路が崩れ、採掘奴隷や新人冒険者たちが逃げ場を失っていた。
ナディアは黄金扉に背を向け、何もない壁へ鍵を差し込んだ。
壁が扉になり、昼の広場が開く。
「宝を捨てる気か!」
「私が欲しかったのは、帰れる道です」
人々が次々と門を抜ける。足を痛めた採掘奴隷には肩を貸し、泣く新人には『光のほうへ走って』と声を掛ける。最後尾まで確認してから、ナディア自身が門をくぐった。元仲間も駆け込もうとしたが、門の表面に赤い文字が浮かんだ。
――迷宮から盗品を持ち出す者、通行不可。
彼らの袋には、討伐前に隠していた神殿の遺物が詰まっていた。慌てて床へ捨てた瞬間、門の外で待っていた監察官が品目と顔を記録する。
全員が脱出すると、黄金扉も迷宮も土煙の向こうへ沈んだ。
バルドはナディアの袖をつかむ。
「戻ってこい。次は正式な仲間にしてやる」
ナディアはその手を外し、救出された新人たちのほうへ歩いた。
「荷物持ちの契約は、迷宮の中に置いてきました」
最後に鍵が光の粒へ変わり、空へ消える。
【限定SSR《帰路王鍵》――救助人数百二十七名、盗品搬出ゼロ。世界初の完全帰還です】