退場者は僕にする
伊達崎琢は、自分の顔が映るボタンを押した。
「何してるの!」
美濃部琴葉が彼の手首をつかむ。正面の床には、乾いた血のような染みが残る黒いハッチ。壁の文章は短い。ハッチの縁には、恐怖を煽るための肉片めいた赤いゴムまで貼られていた。
〈六十秒以内に一人を指定せよ。指定された者をゲームから退場させる。最初にこの部屋を生きて出た者を勝者とする〉
琴葉は「退場」が処刑の婉曲表現だと決めつけ、琢を選ぶか、自分が選ばれる前に殴るか迷っていた。琢は開始から文章だけを三度読んだ。
指定と同時に、彼の足元が開いた。
琴葉の悲鳴が遠ざかる。琢は暗い滑り台を落ち、厚いマットへ背中から着地した。頭上のハッチが閉まり、横の扉に緑色の文字が灯る。
〈退場処理完了〉
〈生存状態を確認〉
〈勝者、伊達崎琢〉
扉の先は白い廊下だった。
『偶然、安全な経路だっただけです』
スピーカーから主催者が苦々しく言う。
琢は立ち上がり、服の埃を払った。
「偶然じゃない。勝利条件が『指定されなかった者』なら、そう書くはずだ。わざわざ『最初に部屋を生きて出た者』と書いた。退場口が出口になる可能性を消していない」
血に見えた染みも、鼻を近づければ舞台用の赤い塗料だった。恐怖を先に見せ、文章を読ませないための装飾だ。
壁のモニターに、部屋へ残された琴葉が映る。彼女の首輪は作動していない。ラウンドはすでに終わり、敗者として次の区画へ送られるだけらしい。
「自分だけ逃げたの?」と琴葉がマイク越しに言う。
「君を犠牲にしなかった」
「自分を選んだじゃない」
「退場させた。殺したとは書いてない」
主催者が映像を切ろうとしたが、その前に琴葉は笑った。緊張がほどけた、怒っているのに少し安心した笑いだった。
琢は廊下の解錠ボタンを押す。敗者区画の扉まで連動して開いた。勝者に与えられた一度の操作権だ。
「主催者が欲しかったのは、相手を殺したと思って生き残る顔だ。そんな顔は渡さない」
二つの扉が同時に開き、死の色を塗っただけのハッチが、空のまま残った。