透明傘の卒業式
鳴海千景は、海外転勤の荷物に一本の透明傘を入れるか迷っていた。骨が一本曲がり、持ち手には薄れた母の字で「なるみ」とある。高校の卒業式の日、雨の中で渡された傘だった。
母は式に来ないと言っていた。千景が県外の大学へ進むことを、最後まで「家を捨てる」と呼んだからだ。
体育館では雨音が屋根を叩き、名前を呼ばれるたび、保護者席から拍手が起きた。千景は振り返らなかった。空席を確かめれば、卒業証書より重いものを持ち帰ることになる。
式後、友人たちは色とりどりの傘を開き、校門の桜の枝の下で写真を撮った。千景は濡れて帰ろうとした。すると、門の外に清掃会社の作業着を着た母が立っていた。髪から水を滴らせ、安い透明傘を二本持っていた。
「仕事、抜けられなかった」
謝罪ではなかった。進学を認める言葉でもない。
母は一本を差し出し、千景のローファーを見た。
「靴下、濡れてる」
紙袋には、乾いた靴下が一足入っていた。母はいつも、言えないことを生活用品に変える人だった。
千景は昇降口の隅で靴下を履き替えた。母は背を向け、曲がった傘の骨を指で押し戻していた。二人は「おめでとう」も「行ってきます」も言わず、一つの透明な屋根へ肩を寄せて駅まで歩いた。母は濡れないよう傘を千景側へ傾け、そのせいで自分の作業着の肩を濃くした。千景は何度か中央へ戻そうとしたが、母は気づかないふりをした。
駅前で風が吹き、傘の骨はまた曲がった。母は舌打ちして直し、千景は初めて笑った。母も一瞬だけ口元を緩めたが、すぐ「電車、遅れるよ」と改札を指した。あれが二人なりの見送りだった。
いまの千景なら、あの日の母を許せるとも、正しかったとも思わない。ただ、見送ることが上手でない人もいると知っている。
新しい町は雨が多いらしい。千景は傘を捨てず、修理用のテープを巻いた。思い出を守るためではない。使えるものは、形を変えて使えばいい。
玄関で待つ引っ越し業者へ段ボールを渡し、千景は曲がった傘を自分の手荷物にした。今度は誰かに許されて出ていくのではなく、自分で選んだ空の下へ持っていくために。