遺品目録_第十八号
遺品目録、第十八号
【整理依頼人】
鷺森禄。六十三歳。
【故人との関係】
父と娘。
八年間、連絡なし。
【第一区分 裁縫箱】
一、木製糸巻き 二十六本。
二、縫い針 十一本。
三、指ぬき 一個。
四、白いボタン 四十七個。
五、紙の小袋 十七包。
遺品整理士が小袋を処分箱へ入れようとすると、禄は止めた。表には一つずつ住所が書かれていた。
禄は翌日から、その住所を訪ねた。
一包目のボタンは、就職面接用の背広から外れたものだった。持ち主の青年は、「お金はいらないから、採用されたら見せに来て」と娘に言われたという。
二包目は、小学生の黄色い上着のボタン。母親は「うちの子、障害があって着替えが苦手なんです。娘さんは片手でも留められる大きなボタンに替えてくれました」と話した。
三包目。四包目。
どの家でも、娘は「仕立屋さん」ではなく、「先生」や「助かった人」と呼ばれていた。
禄は、娘が洋裁を仕事にすると告げた日のことを思い出した。
「ボタンをつけて食えるほど、世の中は甘くない」
娘は何も言わず家を出た。禄は謝る機会ならいつでも作れると思い、八年を使い切った。
【第二区分 裁縫箱の底】
十八番目の小袋、一包。
宛名、〈お父さん〉。
中には、真鍮のボタンが一個入っていた。禄が工場で着ていた作業着のものだった。娘が家を出た朝、玄関に落ちていたらしい。
〈これをつけに帰る、と言えば帰りやすい。意地を張るのに飽きたら行く。捨てないこと。〉
文字の下に、去年の日付があった。
娘もまた、機会はいつでも作れると思っていた。
禄は押入れから古い作業着を出した。針へ糸を通すだけで二十分かかった。指を三度刺し、縫い目は曲がった。
【追加記録 第十八号】
品名、作業着一着。
真鍮ボタン一個を縫合。
仕上がり、不良。
強度、問題なし。
禄はその作業着を着て、娘の店の片づけへ向かった。扉には、修理を待つ服がまだ何着も掛かっていた。
彼は「閉店」の札を外し、代わりに紙を貼った。
〈店主の父です。縫えません。ただし、預かった品は必ず返します。〉
胸のボタンは不格好だったが、もう外れなかった。