配達不能の一本

配送センターでは、持ち戻った荷物一個につき、担当者が後悔を一つ自動販売機へ入れないと端末が終業処理を受け付けない。後悔は不在票の控えに書き、住所を省略してはいけない。同じ住所について二度入れる場合は、前回より具体的でなければ機械が控えを吐き戻す。

伏木の車には、その日も一箱だけ残っていた。桜ヶ丘二丁目十四番八号。軽い箱で、品名は「湯飲み」。午前、午後、夕方と三度回ったが応答はなかった。いつもなら玄関脇の椅子に腰かけている老人の家だ。

端末には配達指定なしと出ている。それでも伏木は、老人が火曜日だけは碁会所へ行くことを知っていた。荷物の送り主が遠方の娘であることも、老人が受領印を押す前に必ず「割れてないかね」と聞くことも知っていた。配達員が知りすぎるのは規則違反ではないが、知ったことをサービスにしてはいけない。

後悔販売機の前で、伏木は書いた。

〈桜ヶ丘二丁目十四番八号に三回行った〉

紙は戻った。液晶に〈行為のみ。後悔なし〉

〈同住所が火曜不在と知りながら三回行った〉

また戻った。〈前回記録より具体性不足〉と出た。前回、伏木は老人の薬を午前指定のまま運び、碁会所へ寄らなかったことを入れていた。

同僚が先に退勤し、ベルトコンベアの音も止まった。伏木は最後の控えに、小さく書いた。

〈桜ヶ丘二丁目十四番八号のカーテンが三回とも開いたままだったのに、安否確認をせず、不在票だけを三枚入れた〉

機械は受け取った。端末に終業済みの緑印が灯る。同時に商品口へ白い缶が落ちた。缶には銘柄も成分もなく、住所だけが黒字で印刷されていた。

翌朝、老人が前夜に亡くなっていたと知らされた。娘が営業所へ荷物を取りに来るまで、伏木は白い缶を机に置いていた。中で何かが一つだけ転がる。

娘が帰ったあと、缶切りで開けると、底に小さな乳白色の呼び鈴ボタンがあった。伏木が爪で押すと、どこにも線のつながっていないそれが、老人の家と同じ二音で鳴った。

伏木は呼び鈴ボタンを不在票の束と一緒に胸ポケットへ入れた。次の火曜日、同じ住所の前を通ると、取り外された玄関の跡から二音が聞こえた。ポケットの中では乳白色のボタンに赤い印が増え、「配達済」の四文字を一画だけ欠いたまま光っていた。