鉛を巻いた鐘舌
グレイヴ城が降伏するとき、大鐘を一度鳴らす約束になっていた。
鐘楼守のマルコ・ヴァルデンは、青銅の鐘舌へ鉛板を巻いた。厚さは指一本。これで鳴らせば高い響きが死に、谷の向こうには地鳴りのような低音だけが届く。
敵将ローヴェルは、その音を合図に兵を城門へ寄せる。城側は同じ音を、火薬庫へ火を入れた合図として使う。どちらが先に意味を決めるか、それだけの夜だった。
鐘楼へ上がる前、敵の使者がマルコを待っていた。人質に取られた息子の革帽子を手にしている。
「正しい音を鳴らせ。細工をすれば、息子の指から落としていく」
「十本で足りるか」
「お前の耳が確かならな」
革帽子の内側には、息子が七歳の頃に書いた名が残っていた。マルコは指でなぞらず、鐘楼へ持って上がった。触れれば、音より先に手が震える。
城主は祭壇の前で降伏文書へ署名していた。兵は百を切り、矢は二射分。正門の裏には、老人と負傷者が集められている。彼らは逃げない。逃げる者の時間を買う側だった。
「一度だけだ」
城主が言った。
マルコは綱を握った。鉛を巻いた鐘舌は重い。強く引けば鉛が外れ、本来の澄んだ音になる。弱ければ鐘は鳴らず、敵は罠と知る。ちょうど一度、鈍い音を谷へ送らねばならない。
下から使者が叫んだ。
「息子は城門の前にいる!」
嘘かもしれない。確かめる術はない。鐘楼の窓から見えるのは松明の列と、杭に結ばれた小さな影だけだった。
マルコは綱を胸へ巻き、身体ごと落ちた。
鐘舌が鐘腹へ当たる。鉛が潰れ、骨を噛むような低音が一つ、谷を這った。
敵陣で歓声が上がる。兵列が正門へ動き出す。
同時に城内の兵が、鐘楼の根元へ積んだ火薬樽の蓋を外した。正門が破られれば鐘楼ごと落とし、道を塞ぐ手はずだ。
マルコは綱から手を離した。掌の皮が剥がれている。城主は革帽子を受け取り、何も言わなかった。
城の背後では、谷へ下る細道に女と子が並んでいる。
大鐘の余韻が消える前に、修道院脇の小門が音なく開いた。