鉛印の港鎖

サン・ヴェロ島の防波堤で、提督ダリオ・ヴェスカリは鉛の印を掌に転がした。葡萄を踏む獅子――オルソ公の紋章が、月明かりに鈍く光る。

海の向こうには敵艦隊が横一列に浮かんでいた。使者として来た老船長イリヤンは、剣を帯びていない。

「夜明けまでに港鎖を下ろせば、市街へ砲撃しない」

「鎖を下ろした男は、公に吊られる」

「上げたままでも吊られる。公は今夜、あんたの艦隊を沈める」

ダリオは答えなかった。

夕刻、オルソ公は命じた。港内の商船と避難民のガレー船を湾口へ並べ、火を放て、と。燃える船で敵を塞ぎ、島の城へ籠もるつもりだ。乗っている三千人には知らせるなとも言った。逃げれば混乱するからだ。

ダリオの妻と娘も、その一隻にいる。

「公の命令書がなければ、鎖番は動かん」

イリヤンが紙を差し出した。敵側で用意した偽の命令書だった。文面は簡潔だ。疫病船を外へ出すため、二刻だけ鎖を沈めよ。

「印が浅ければ見破られる」

「だから本物を持ってきた」

ダリオは鉛印を示した。

これは今朝、公の机から盗んだのではない。公自身が渡した。焼き船に積む油樽の数を改めるためだ。君主は人を信じない。だが自分の紋章が押された紙だけは信じる。その思い上がりが、城壁より古い弱点だった。

イリヤンが言う。

「鎖が下りたあと、我々が約束を破ると思わんのか」

「思っている」

「なら、なぜ」

「公は必ず破る。そちらは、まだ半々だ」

老船長は乾いた笑いを漏らした。

沖で一発、空砲が鳴った。交渉の残り時間を知らせる音だ。城の塔からは、焼き船へ移るよう命じる赤灯が三つ上がった。

ダリオは命令書を石の上に置いた。印を火であぶる。鉛がわずかに軟らかくなり、獅子の輪郭が指へ食い込んだ。

妻の顔は思い出さなかった。思い出せば、これは裏切りではなく私事になる。

彼は鉛印を紙へ押しつけた。

防波堤の見張りが真正の紋を認め、ためらいながら青い手旗を振る。沖では敵艦の帆が、待ちかねた獣の翼のように開いた。湾口で歯車が回り、黒い港鎖が海中へ沈み始めた。