鉢を九十度

同居人の頼みは、ポトスの鉢を九十度回すことだった。

「今じゃなくて、夕方。窓枠の影が青いテープに重なったら」

櫛田葉澄は、ベッドの横に置かれた小さな鉢を見た。茎はどれも窓のほうへ傾き、新しい葉だけが薄い黄緑色をしている。

「それ、今日じゃなきゃ駄目?」

「今日がいい」

同居人はそう言って目を閉じた。訪問看護師が帰り際、今夜は一人にしないでくださいと小声で告げていた。葉澄は会社へ欠勤の連絡をし、カーテンのそばに座った。

二人は七年一緒に暮らしているのに、植物の世話はすべて相手任せだった。水をやりすぎるから触らないで、と最初に言われ、それを忠実に守ってきた。

ポトスは、同居を始めた日に百円ショップで買ったものだ。最初は葉が四枚しかなく、テレビ台の端に載っていた。引っ越しのたび、食器より先に車へ運ばれた。葉澄は名前をつけようとしたが、相手は「植物は植物でいい」と笑った。今では茎が窓辺を一周し、壁の小さな傷を隠している。

午後四時を過ぎると、窓枠の影が床をゆっくり移動した。鉢の受け皿には、青いマスキングテープが短く貼られている。葉澄は何度も時計を見た。影はなかなか届かない。

「まだ?」

ベッドからかすかな声がした。

「あと、指一本ぶん」

「植物は待つの得意だから」

葉澄は笑いそうになったが、息だけが漏れた。

十七時二十分、影の端が青いテープに重なった。葉澄は両手で鉢を持ち上げた。思っていたより重い。受け皿に細い土がこぼれている。

鉢の裏には、引っ越し業者が貼った古い番号札が残っていた。相手ならすぐ剥がすはずなのに、見えないところだから放っておいたらしい。葉澄は剥がしかけた指を止めた。頼まれたのは片づけではなく、向きを変えることだけだった。

時計回りか、反時計回りかを聞いていなかった。振り返ると、相手は眠っていた。葉澄は葉の向きを見て、まだ光を浴びていない側を窓へ向けることにした。

鉢を四分の一だけ回す。長い茎が揺れ、葉と葉が乾いた音で触れ合った。青いテープは影の中に隠れた。

葉澄は鉢の底が受け皿の輪へぴたりと収まるまで、指先で位置を直した。