銀の車輪止め
王都へ向かう崖道で、侍従長が銀の車輪止めをセラフィナ・アルトへ渡した。
「姫様、急ぎますよ。これを外してください」
その声音まで、前の人生と同じだった。
セラフィナは護衛騎士として命令に従い、王女の竜車から車輪止めを外した。百歩先の曲がり角で右輪が脱落し、竜車は谷へ落ちた。王女暗殺の罪は、最後に車体へ触れたセラフィナへ着せられた。
処刑台で知った。右輪の留め具は王家の鋼ではなく、熱で崩れる錫にすり替えられていた。侍従長こそが隣国の密偵だった。王女を守れなかった騎士として家名も剣も奪われたが、断頭刃が落ちる直前まで、彼女は百歩目の車輪の音を忘れなかった。
時間が巻き戻った今、手の中には同じ銀の車輪止めがある。
「外しません」
「何ですと?」
「王女殿下には降車していただきます」
侍従長が怒鳴るより早く、セラフィナは竜の手綱を杭へ結び、竜車の扉を開いた。
「無礼者! 予定に遅れるぞ!」
王女エレシアも、前の人生ではそう言った。けれどセラフィナは膝をつかず、右輪を指さした。
「私を罰するのは、これを百歩転がした後にしてください」
王女は彼女の目を見つめ、無言で降りた。護衛たちは侍従長の命令を待ったが、セラフィナは王女を岩陰へ導き、自分の外套を地面へ敷いた。
セラフィナは空になった竜車から車輪止めを外し、竜を引かずに車体だけを坂へ押し出した。緩い傾斜を進んだ竜車が、十歩、二十歩と速度を上げる。
百歩目。
右輪の留め具が白く砕けた。車体は横転し、崖際の岩へ激突する。もし王女が乗っていれば、前と同じ結末だった。
侍従長が逃げようとする。セラフィナは銀の車輪止めを投げ、その足首を払った。
割れた留め具から、隣国諜報院の蛇紋が現れる。
王女は長く黙っていた。前の人生では谷へ落ちる直前まで、セラフィナを「役立たず」と呼んでいた人だ。
やがて彼女は、初めて違う言葉を口にした。
「セラフィナ。罰ではなく、褒美を考えなくてはなりませんね」
その瞬間、王女の指輪から放たれる護衛契約の光が、侍従長ではなくセラフィナの剣へ宿った。