銀紙のじゃがバター

 荻野侑真が「帆待ち」へ入ると、店主は注文を聞かず、大きなじゃがいもを蒸し器から出した。

「胡椒なし。バターは中だな」

 侑真は思わず笑った。四年ぶりなのに、表面へ胡椒を振らず、割れ目の奥へバターを隠す好みを覚えられていた。学生のころ、安い一皿を長く食べるために、少しずつ溶かしていた名残だった。

 銀紙を開くと、白い湯気が顔へ押し寄せた。ほくほくと崩れる音のない柔らかさに、溶けたバターの甘い匂いが絡む。皮の近くは香ばしく、中心へ箸を入れると黄色い脂がゆっくり染み出した。

 明日、恋人と新しい部屋を見に行く。

 結婚を前提に暮らそうと言われ、侑真も頷いた。家賃の上限や通勤時間は話した。家具をどちらが持ち込むかも決めた。ただ、借金のことだけ言っていない。

 大学の奨学金に加え、転職前の無職期間に使ったカードの残高がある。毎月返しているが、完済にはまだ二年近くかかる。恋人には「貯金は多くない」とだけ伝えた。嘘ではない。けれど、二人の審査書類を並べれば隠せない。

 侑真は何度も、部屋が決まってから話そうと思った。契約してしまえば、相手も簡単には離れない。そう考えた自分がいちばん嫌だった。

「昔は、バター溶けるまで待ってたな」

 店主が言った。

「今も待ちます」

「じゃ、急ぐな」

 料理の話だけして、店主は離れた。

 恋人は先週、二人用の貯金口座を作ろうと言った。侑真は給料日がずれているとごまかした。そのとき相手が疑わず頷いた顔を思い出すたび、信頼を利用しているようで、内見の資料を開けなくなった。

 侑真は返済アプリを開いた。残高の数字は、見慣れているのに今夜だけ大きく見える。明日の内見を断るのではなく、待ち合わせを一時間早めるメッセージを送った。

〈見に行く前に、話して見せたいものがある〉

 別れを告げられるかもしれない。内見は中止になるかもしれない。謝っても、隠していた事実は消えない。それでも、契約書のあとに告白するより先に、返済予定表を並べる。

 中心のバターはすっかり溶け、じゃがいもの隙間へ消えていた。最後の一口は皮に近く、少し硬い。舌には塩気より、温かな油の甘さが長く残った。