錆びないバンパー
十八年前のひき逃げ車両は、庁舎地下の教材車として残っていた。
交通鑑識の雁金冬弥は、廃車前の最終点検で、前部バンパーだけが不自然に錆びていないことに気づいた。車は当時、機動警ら隊の予備車。事件夜に使用記録はなく、翌朝、側溝で壊れた状態で発見されたとされる。
立会人は、現在の交通部参事官・安良城隆だった。十八年前、この車の整備担当だった男だ。
「交換履歴がないのに、新しい」
冬弥が厚さ計を当てると、安良城は笑った。
「教材にする際、誰かが替えたんだろう」
「塗膜の下に血液反応があります」
笑みが消えた。
冬弥はバンパー裏から、小さな青い塗片をピンセットで拾った。被害者の自転車と同じ色。しかも固定ボルトには、当時の県警整備工場だけが使った刻印がある。事故後、正規記録を残さず交換された部品だった。
安良城は地下シャッターを閉めた。蛍光灯の音が急に大きくなる。
「運転していたのは若い巡査だった。今は本部長補佐だ。飲酒していた。公表すれば県警の交通取締りは信用を失う。遺族には別件の補償もした」
「犯人を守るために、車を教材へ?」
「処分すれば怪しまれる。残しておけば誰も見ない。警察は、見えているものほど見落とす」
安良城は証拠袋を差し出した。
「塗片を入れろ。鑑定不能と書けばいい。君の妻は来月、警察病院で手術だろう。紹介状を書いたのは誰だと思う」
冬弥の指先が止まった。手術枠が突然繰り上がった理由を、彼は今まで幸運だと思っていた。
車のボンネットには、若い警察官向けの教材札が掛かっている。「事故車両から真実を読む」。皮肉ではない。組織は本気で、自分たちが真実を教えていると信じているのだ。
冬弥は塗片を袋に入れなかった。代わりに、バンパーごと保全するための黄色い証拠タグを取り出した。
「それを付ければ、廃車は止まるぞ」
安良城の声が低くなる。
冬弥はタグの理由欄へ「未解決死亡ひき逃げ事件との関連。現職幹部による無記録交換の自認」と書いた。結束帯をバンパーに通し、最後まで引き絞った。