鏡が欲しがる顔
銀糸のドレスは、見る者がいちばん望む顔を着る者に与える。ただし新しい顔を一つまとうたび、本当の顔から何かが一つ消える。
ユリアナは染色工房への出資を求め、商人組合の夜会へ来ていた。女性だけの工房など半年で潰れる、と銀行に笑われてから三か月。職人たちの給金は、あと十日分しかない。
工房には、夫を亡くした染め手も、弟妹を養う見習いもいる。ユリアナが開発した夜明け色の布は、朝と夕で青みが変わる自慢の品だった。だが見本を差し出すたび、商人たちは布より彼女の年齢や結婚予定を尋ねた。顔さえ望まれるものなら、初めて仕事の話を聞いてもらえる。その事実が、呪いより苦かった。
最初の商人が彼女を見ると、ユリアナの頬は若い妻の丸みに変わった。次の男の前では、亡き母の目になった。鏡を見るたび、眉の形、右頬のほくろ、笑うと少し上がる鼻先が、順番に消えていく。
彼らは優しくなった。普段なら聞き流す染料の説明にうなずき、契約書を開き、数字を尋ねた。望む誰かの顔をした女の言葉なら、価値があるらしい。
あと一人。最大の出資者である老商人を説得できれば、工房は残る。
「やめてもいい」
共同経営者のオリオが、柱の陰で言った。彼女だけは、ドレスを着たユリアナを見ても何も変わらなかった。
「どうして?」
「私が見たい顔は、最初からそれだから」
その言葉で、消えかけた輪郭が一瞬だけ熱を持った。
だが老商人は、広間の向こうで帰り支度を始めている。彼が望む顔をまとえば、最後に何が消えるのか分からない。目かもしれない。口かもしれない。鏡に映る「自分」そのものかもしれない。
工房では今ごろ、二十人の職人が明日の釜を磨いている。ユリアナが初めて自分で染めた青布も、棚にかかっている。
彼女はオリオから契約書を受け取った。
「工房を残したら、私の顔を覚えていて」
「忘れるわけない」
老商人が振り向く。
ドレスの銀糸が眩しく燃え、ユリアナの顔は、彼が二十年前に亡くした娘のものになった。
契約書に署名が落ちる。
同時に壁の鏡から、ユリアナの顔だけがきれいに消えた。