鏡底の庭から

春分の夜、ミラネの鏡には、別の世界の庭が映る。

鏡のこちらで彼女は北城の女王だった。

向こうでは、王位を捨ててオズヴェンと逃げ、海辺の庭師として暮らしていた。

十五年前、父王が倒れた夜、ミラネは城へ残った。

オズヴェンは一人で南へ去った。

その選択から世界は二つに分かれた。

鏡の向こうのミラネは、土のついた手で笑った。

隣には、白髪の混じったオズヴェンがいる。

こちらの世界では彼は反乱軍を率い、先月、女王軍との戦いで死んだ。

「あなたの世界では、生きているのね」

こちらのミラネが言う。

向こうの自分は頷いた。

春分の夜だけ、一人ずつ世界を交換できる。

こちらのミラネが鏡へ入れば、庭の暮らしを得られる。

代わりに、向こうのミラネが王冠を受け継ぐ。

「替わって」

女王ミラネは頼んだ。

「私は国を治められる。あなたは彼と暮らせる」

「違う」

庭師のミラネは首を振った。

「あなたが欲しいのは、私のオズヴェンではなく、あなたが失った人でしょう」

鏡の奥でオズヴェンが近づいた。

彼は女王ミラネを見ても、恋人を見る顔をしなかった。

同じ姿でも、彼が愛したのは土まみれの十五年を共にした女性だった。

「こちらへ来れば、あなたを大切にはする」

彼は言った。

「でも、彼女の代わりには愛せない」

誠実な言葉が、どんな拒絶より痛かった。

女王ミラネは鏡へ手を置いた。

「私の世界のあなたは、最後まで私を憎んでいた」

「憎んだまま、愛していたのかもしれない」

「確かめられない」

「だから私で確かめないで」

夜明けが近づき、庭の輪郭が薄くなった。

女王ミラネは交換の呪文を唱えなかった。

「さようなら、私が選ばなかった人生」

庭師のミラネが答えた。

「さようなら、私が捨てた王冠」

鏡がただの銀面へ戻る。

そこには一人の女王しか映らなかった。

翌朝、ミラネは戦死者名簿のオズヴェンの名へ、自ら花を置いた。

別世界の幸福を奪わず、自分の世界で終わった恋だけを弔った。

鏡の底には庭がある。

けれど、選ばなかった人生は、戻る場所ではない。

それを知るために交わした別れだった。