間違えた手の持ち主
人混みで手をつかんだ瞬間、相手を間違えたと分かった。
待ち合わせていた友達は黄色い帯だった。僕が握った手の持ち主は、黒い帯を締めていた。
恐る恐る顔を見ると、生活指導委員だった。
学校では毎朝、廊下の曲がり角に立ち、シャツを出している生徒を無言で見つめる人。その人が、赤い金魚柄の浴衣で、綿あめを持っている。
「すみません!」
慌てて離そうとしたが、彼女は僕の手を握ったままだった。
「離すと転ぶ」
足元を見ると、下駄の鼻緒が緩んでいた。僕は人の流れに押されながら、彼女を屋台の裏まで連れていった。
「友達と間違えました」
「知ってる。さっきから黄色い帯を探してたから」
「見てたんですか」
「校内より挙動が怪しい」
浴衣でも、言い方は生活指導委員だった。
鼻緒を直していると、探していた友達からメッセージが来た。家の用事で来られなくなったという。画面を見せると、彼女は「残念」とだけ言った。
そのまま別れるつもりだった。けれど彼女も一人だった。
「委員の仲間は?」
「浴衣を見られるのが嫌で断った」
「もう僕に見られましたけど」
「事故扱い」
彼女は綿あめを一口ちぎった。口元に白い糸がついた。学校では絶対に見ない顔だった。
花火の時間が近づき、河原へ向かう人が増えた。再び押されそうになったとき、今度は彼女のほうから手を差し出した。
「責任を取って」
「何の」
「間違えた責任」
僕はその手を握った。
花火が始まると、彼女は空を見上げて笑った。生活指導委員にも、声を上げて笑う夜があるのだと知った。
大きな音の直後、彼女が何か言った。
「聞こえなかった」
「学校では言わない」
「何を?」
「事故じゃなかったこと」
意味を聞き返す前に、次の花火が上がった。
帰り道、校門の近くまで来ると、彼女は手を離した。制服の世界へ戻る境界線みたいだった。
翌朝、廊下で会った彼女はいつもの無表情だった。僕のシャツの裾を見て、一度眉を上げる。
直そうとした瞬間、彼女が小さく言った。
「昨日の手、次は間違えないで」
それだけ言って通り過ぎた。
僕はしばらく、シャツをしまうことも忘れて立っていた。