闇を食べる茸汁

探索者ネリアスは、フィオネを追放した日の夕刻、地下迷宮の三層で足を止めた。

松明は燃えている。地図もある。だが曲がり角の先が、黒い布で塞がれたように見えない。

「影喰いだ! 目を閉じるな!」

叫んだ直後、仲間の魔術師が壁へ激突した。影喰いの魔力は光を消すのではなく、人の瞳から暗さに慣れる力を奪う。松明を増やすほど影は濃くなり、怪物だけが近づいてくる。

以前は三層へ降りる前に、フィオネが黒傘茸の汁を配っていた。舌が紫になるせいで、皆から悪趣味だと笑われた料理だ。黒傘茸の色素は、瞳に微かな魔力の膜を作る。暗闇を見通すのではない。影喰いに奪われるはずの順応力を、食事で先に補っていた。

ネリアスたちは、それをただの夕食だと思っていた。

弓手は腰袋から乾燥茸を見つけて齧ったが、舌が痺れただけだった。黒傘茸は月明かりにさらしてから煮なければ、色素が瞳へ届かない。フィオネが前夜から鍋を仕込んでいた理由を、怪物の爪音が近づいて初めて理解した。

同じころフィオネは、廃鉱を再開した小さな鉱山村にいた。鉱夫たちは彼女の茸汁を飲み、十年ぶりに最深坑まで降りた。

戻ってきた老鉱夫は、紫になった舌を見せて笑った。

「暗いところで孫の顔を思い出せたよ。怖くなかった」

村長は、採掘量ではなく全員が無事に帰ったことを理由に、フィオネへ厨房と住居を任せた。入口の札には〈坑内安全食責任者〉とある。

夜半、迷宮から逃げ帰ったネリアスが村へ現れた。泥にまみれながらも、口調だけは昔のままだった。

「汁を作れ。今回の報酬は払う。俺たちは明朝また潜る」

「追放した相手に、依頼ですか」

「腕を認めてやると言っている」

フィオネは鍋の蓋を閉じた。明日の分は、彼女を料理人ではなく安全を守る者として迎えた鉱夫たちのものだ。

「認めていただく必要はありません。あなた方との契約は、迷宮入口で解雇された時に終了しています」