雨の日だけ回るノート

雨粒がマンションの窓を細く流れた。

小春は引っ越し荷物の底から、透明なビニール袋に包まれたノートを見つけた。表紙には油性ペンで、〈雨の日だけ〉と書かれている。

高校一年のころ、小春と凛果は晴れた日に話せなかった。

同じクラスで、席も近いのに、教室では別々のグループにいた。最初に言葉を交わしたのは、雨の放課後だった。傘立てに残された一本の赤い傘を二人とも自分のものだと言い張り、柄の傷まで同じで、結局一緒に入って帰った。

翌日、凛果が小さなノートを渡した。

〈雨の日だけ回そう。晴れの日は、何も知らない顔をする〉

秘密はゲームのようで心地よかった。

雨が降るたび、二人は傘立ての裏でノートを渡した。凛果は母親の再婚が嫌だと書き、小春はクラスで笑っているほど孤独になると書いた。晴れの日の二人は、廊下ですれ違っても目を合わせなかった。

二年の梅雨、凛果は最後の頁に書いた。

〈来週、引っ越す。次に晴れたら、教室で話しかけて〉

翌日は雲一つない青空だった。

小春は窓際の凛果を何度も見た。それでも、友人たちの前で声をかける勇気が出なかった。

放課後、凛果の机はもう空だった。転校日は、家の都合で一日早まっていた。

あの日以来、小春は晴天が少し苦手になった。

連絡先は知っていたが、何年も経ってから送るには、沈黙が長すぎる気がした。謝るために過去を開くことが、凛果の今を乱すようにも思えた。

今夜、小春は婚約者と暮らす部屋へ移る。荷物を閉じる前に、ノートを最後まで読み返した。

最終頁の隅に、当時は見落とした小さな文字があった。

〈話せなくても、嫌いだったことにはしないでね〉

小春は胸の奥で、十五歳の自分に返事をした。

嫌いではなかった。臆病だった。ただ、それだけだ。

スマートフォンで凛果の名前を検索し、見つけたアカウントをしばらく眺めた。送信欄は開かなかった。代わりに婚約者へ電話をかける。

「着いたら、ちゃんと話したいことがある」

雨音の向こうで、「うん」と返った。

小春はノートを捨てず、段ボールのいちばん上へ置いた。

明日の予報は晴れだった。