雪女は柔軟剤を使わない

商店街の外れにある深夜洗濯店では、乾燥機より冷凍庫の音のほうが大きい。

未央が入ると、白いワンピース姿の女が、青い洗濯ばさみを指先で鳴らした。

「温めると、匂いが嘘をつく」

雪女の氷乃は柔軟剤を嫌い、人間の体温も嫌い、店内を一年中十二度に保っている。口コミには「接客は最悪、染み抜きは奇跡」とあった。

未央が持ち込んだのは、母の薄茶色のカーディガンだった。

先週、実家で結婚を反対され、言い争った勢いで借りたまま帰ってきた。明日、転勤先へ引っ越す。洗って宅配便で返せば、それで終わりにするつもりだった。

「匂いも消してください」

「何の」

「母の香水です」

「嘘だな」

氷乃は青い洗濯ばさみで袖口をつまみ、鼻を近づけた。

「香水を消したい人間は、袋を二重にして持ってくる。お前は途中で三度、袋を開けた」

「見てたんですか」

「人間は嫌いだ。だから癖が目につく」

氷乃は洗濯機へ入れず、冷たい水を張った桶で手洗いを始めた。カーディガンから、石鹸と香水と、実家の押入れの匂いが立つ。

未央は母に言われた言葉を思い出した。

遠くへ行ったら、困ったときに助けられない。

反対されたと思っていた。でも母は、結婚相手の悪口を一度も言わなかった。

「返すだけで、何か伝わりますか」

「布に期待するな。人間同士の面倒は、人間の口で片づけろ」

氷乃は素っ気なく言い、ほつれた袖口へ白い糸を通した。頼んでいない修繕だった。

「電話は苦手です」

「では、洗い終わるまでにかけろ。ここは電波だけは温かい」

未央は店の隅で母へ電話した。謝罪はうまく言えず、引っ越し先の住所と、また着てもいいかだけを尋ねた。母は少し黙って、「冬になったら返して」と言った。

氷乃は脱水したカーディガンを手渡した。乾燥機には入れていないのに、袖だけがほのかに温かい。

「温めると匂いが嘘をつくんじゃ」

「温めなくても、思い込みは嘘をつく」

青い洗濯ばさみが、襟元に一つ留めてあった。そこに小さな紙片が挟まれている。

――返却期限、冬。

氷乃は顔を背けた。

「温めるな。次に着る人間が、自分で温めればいい」