青いソファは運べない
青いソファは、玄関を通らなかった。
「入ったんだから、出るだろ」
野々宮征士が背もたれを押す。
「入れたとき、窓から吊ったじゃん」
早坂芽衣が言う。
田所悠生はスマートフォンで新居の間取りを開き、首を振った。
「うちは置く壁がない」
三人が入居初日に五千円ずつ出して買った中古品だった。スプリングが一つ沈み、右の肘掛けには芽衣がこぼした赤ワインの染みがある。征士が失恋した夜は真ん中を占領し、悠生が卒論を落としかけた一週間は、左端がベッドになった。
「俺の会社、六畳の寮」
征士が言う。
「私はチェンマイ。日本語教師の研修」
芽衣は親指と人差し指で、飛行機に持ち込めない大きさを示した。
「俺は実家。母さんが猫アレルギーになったから、猫だけ姉の家」
悠生はソファの引っかき傷を撫でた。
三人の次の住まいを足しても、このソファ一脚の場所がなかった。
「粗大ごみ、三千二百円」
芽衣が市のサイトを読む。
「売れば?」
「送料が本体より高い」
「次の人に置いてく」
「次の人はいない。取り壊し」
征士は急に笑った。
「俺ら、家具にも負けてるな。全員、夢語って入ったのに、部屋狭くして出てく」
「芽衣は海外じゃん」
「研修終わったら契約があるか分かんないよ」
「悠生は?」
「父親の介護。あと、たぶんコンビニ」
「征士は大企業」
「子会社の倉庫管理」
言葉にすると、どの未来もポスターほど明るくなかった。だが三人とも、他人の選択を慰めなかった。慰めるには、それぞれの諦めを詳しく聞きすぎていた。
窓から出すには業者が必要だった。結局、三人はソファを解体することにした。底布を剥がすと、失くした百円玉、片方のイヤリング、映画の半券が出てきた。悠生が半券を読み上げる。
「これ、三人で途中退席したやつ」
「つまんなかったから」
「帰ってここで続きを考えたよね」
脚を外し、背を割り、青い布を畳む。十五分で、三年間の中心は燃えるごみと粗大ごみに分かれた。
運び出したあと、床にはソファの形だけ日焼けしていない長方形が残った。三人はそこへ並んで座った。初めて全員の背中が壁に触れ、誰の重みも沈まなかった。