静かに破る手紙
久保田彩葉が探していたのは、手紙を捨てる方法が書かれた本だった。
「燃やすのは集合住宅なので無理です。細断すると未練が細かく増えそうで」
白河弓弦は片方のつるを白いテープで補修した眼鏡を押し上げた。
「静かに」
「すみません、声、大きかったですか」
「いいえ。手紙を捨てるなら、静かに決めてくださいという意味です」
白河はいつも必要なことしか言わない司書だった。利用者が笑いかけても口角は動かず、子どもが泣いても眉一つ変えない。彩葉は元恋人から届いた十二通の手紙を布袋に入れ、足元に置いた。
別れて半年。住所を知らせていないのに、転送されて届き続けた。謝罪、思い出、やり直したいという言葉。読むたびに心が揺れるのではない。読んだあと、自分が何を感じるべきか分からなくなるのが嫌だった。
白河が持ってきたのは、書簡集でも断捨離の本でもなかった。紙の保存と修復、個人記録の整理、遺品整理の三冊。
「捨てたいんですけど」
「捨てる前に、残す理由がないか確認します」
「ありません」
「では、残さない理由を言葉にしてください」
彩葉はむっとした。だが、白河は白いテープの眼鏡越しに待っている。急かさず、慰めず、答えを代わりに作ろうともしない。
「この人の言葉を読むと、私の記憶まで書き換えられる気がするんです。幸せだったことも、傷ついたことも、全部あの人の文章になってしまう」
白河はうなずき、紙資料用の無酸性封筒を一枚出した。
「一通だけ、自分宛てに書いてください。今日の記憶を、あなたの文章で」
「それを保存するんですか」
「はい。残り十二通を捨てるなら、空いた場所に何を残すか決めた方がいい」
閲覧机で、彩葉は便箋一枚に書いた。別れた日の駅の匂い。言えなかった言葉。今朝、自分で選んだ赤い靴。書き終えると、十二通は驚くほどただの紙に見えた。
シュレッダーの前で、白河が言う。
「静かに」
彩葉は一通ずつ刃に入れた。機械音はちっとも静かではなかったが、胸の中は静かだった。
最後に自分の手紙を封筒へ入れる。白河は眼鏡の白いテープを指で押さえた。
「それは破れたものを隠すためですか」と彩葉が尋ねた。
「いいえ」
彼は初めて、ほんの少し笑った。
「まだ使うと決めたものに、目印をつけているだけです。静かに、ですけど」