面接練習の標準語
「志望理由をお願いします」
放課後の教室で、担任が面接官の顔をした。
私は背筋を伸ばし、覚えてきた標準語で答えた。
東京の大学で国際関係を学びたいこと。多様な価値観に触れたいこと。将来は地域と海外をつなぐ仕事がしたいこと。
話し終えると、担任は赤ペンを置いた。
「誰の言葉だ」
「私のです」
「声が違う」
地元の方言を隠すため、動画を見て練習した。訛りを笑われたくなかったからだ。
「東京の面接なんだから、標準語のほうが」
「通じるなら、どちらでもいい」
担任は椅子を後ろへ引いた。
「もう一回。家で弟に話すつもりで」
私は困った。
弟には、海外がどうとか地域がどうとか話さない。
「東京へ行きたいのは、この町が嫌だからです」
口から出た。
担任は黙っていた。
商店街は早く閉まり、同級生の家族構成まで近所が知っている。何をしても誰かに見られている気がする。
「でも、本当に嫌いなら、戻ってきたいとは思わないはずです」
大学で学んだあと、地元の観光や産業に関わりたい。それも本音だった。
「離れてみないと、好きか嫌いか分からないんです」
言葉の端に方言が混じった。
恥ずかしくて言い直そうとすると、担任が手を上げた。
「今のほうが、お前の志望理由だ」
「面接で町が嫌いって言っていいんですか」
「嫌いで終わらなければな」
次の練習では、用意した文章を半分捨てた。
東京へ行きたい理由を、きれいに飾らず話した。地元へ戻る可能性も、戻らない可能性もあると認めた。
担任は最後に一つだけ直した。
「『この町では何もできない』はやめろ。ここでやっている人に失礼だ」
私はうなずいた。
本番の日、面接官に「地方出身で不安はありますか」と聞かれた。
私は標準語で答え始め、途中から少し訛った。
「不安です。でも、訛りまで置いていくつもりはありません」
面接官が笑った。
合格通知を持って学校へ行くと、担任は「標準語で報告しろ」と冗談を言った。
私は地元の言葉で、大きく「受かった」と答えた。
教室にいた友達が笑い、拍手した。
その声を聞きながら、私は東京へ行くことが、ここを捨てることではないと初めて思えた。