韮を包む夜

 新堂彩葉が夜勤明けで帰ると、向かいの部屋の前に、新聞紙で包まれた韮が置かれていた。

〈ベランダで増えすぎました。食べられる人へ マリア〉

 束は一人分どころではない。彩葉はしばらく眺めてから、向かいの呼び鈴を押した。

「全部もらう代わりに、半分食べるのを手伝ってください」

 マリアは驚いたあと、すぐにエプロンを持ってきた。

 彩葉は看護師で、夜勤のあとほど眠れない。静かな部屋へ帰ると、病棟の機械音が耳の奥に残り、冷蔵庫を開けては閉める。マリアも翻訳の仕事を家でしていて、夫の転勤でこの町へ来てから、知り合いがほとんどいなかった。

 二人は韮を細かく刻み、豚挽肉と生姜、胡麻油を混ぜた。餃子の皮へ具を置き、水をつけて閉じる。

 彩葉の餃子は襞が細かく、マリアのは枕のようにふっくらしていた。

「性格が出ますね」

「どちらが正しいですか」

「焼けばだいたい同じです」

 その答えに、二人で笑った。

 フライパンへ並べ、水を注いで蓋をする。しばらくすると、蒸気の向こうから韮と生姜の青い香りが立った。最後に胡麻油を回しかけると、底がぱりぱりと鳴る。

 皿へ返すと、一枚の大きな羽根ができていた。

「仕事で失敗した日、眠れないんです」

 彩葉は餃子を一つ割りながら言った。

「今日も?」

「失敗ではないけど、もっと何かできた気がして」

 マリアは熱さに息を吹きかけた。

「私は訳した文を送ったあと、もっと良い言葉があった気がします」

「似てますね」

「たぶん、終わった仕事は餃子と同じです。包み直せません」

「焦げたら?」

「酢を多めにつけます」

 韮の汁が熱く、二人は同時に口元を押さえた。酢醤油の酸味のあと、肉の甘さが追いつく。

 食べ終わる頃には、窓の外が少し明るくなっていた。

「次に増えすぎたら、また置きます」

「今度は呼び鈴を押してください」

 彩葉は自室へ戻り、カーテンを閉めた。枕へ横になると、指先に餃子の皮の粉が残っている。部屋には韮と胡麻油の匂いが淡く漂い、病棟の音より先に、眠りが静かに近づいてきた。