音のない坑道の十二合図
岳斗が銀鉱山へ着いた直後、坑道の奥で落盤が起きた。
岩壁を叩く救難鐘は鳴る。だが掘削機の轟音で、現場監督の指示が届かない。坑夫は王国人、砂漠民、山岳族の混成で、怒鳴る言葉も三つに割れていた。奥に残った空気は一時間分。前回は命令の聞き違いで巻き上げ縄が切れ、救助そのものが止まったという。
「翻訳屋など役に立たん。声が聞こえないんだぞ」
監督が吐き捨てる。
「だから、声を訳しません」
前世で工事現場の安全映像を作っていた岳斗は、板切れに十二の手振りを描いた。止まれ、進め、上げろ、下げろ、右、左、退避、救助。意味は一つずつ。腕を大きく動かし、遠くからでも形が重ならないようにした。
説明は一分で終えた。岳斗は三班を横一列に立たせ、合図を一度ずつ真似させる。言葉の違う三十人の腕が同じ形になったのを確認し、各班長へ板を渡して最前列へ立つ。
両腕を水平に広げる。全機停止。
右腕を円に回す。巻き上げ開始。
拳を頭上で握る。固定。
三つの言語で飛び交っていた怒鳴り声が消えた。轟音の中で聞こえるのは、車輪と石の擦れる音だけだ。砂漠民の班長が山岳族の巻き上げ手へ合図を送り、通訳を挟まず縄が張る。十二人が同じ瞬間に同じ方向へ動き、瓦礫を載せた台車が詰まらず流れていく。
これまで一台出すのに四分かかっていた搬出が、五十二秒になった。台車同士の衝突も、巻き上げの停止も一度もない。監督の怒鳴り声だけが不要になった。
十九分目、空気穴から弱い三打が返った。岳斗は『救助』の合図を送り、全班が掘る幅を一人分へ絞る。二十三分後、岩の隙間から泥だらけの手が出た。閉じ込められた七人は全員生存。最後の一人が担架で運び出されると、坑口にいた百人が無言で拳を頭上に掲げた。岳斗が決めた「完了」の合図だった。
監督は救難記録を見つめた。
「前回の落盤は救出まで二時間十一分。今回は二十三分……」
彼は「翻訳屋」と書かれた臨時札を破り捨て、新しい木札へ墨を入れる。
『鉱山安全通訳長』
「十二の合図を全坑道に採用する。お前は今日から、俺の隣で手を振れ」