飛んで戻る場所
わたしの名は胡粉。
白い文鳥だから、彼女がそうつけた。
前の家では、籠の扉は一日に十五分だけ開いた。男が時間を決め、彼女が手を入れ、わたしは部屋を一周して戻った。
彼女の外出にも時間があった。
買い物は四十分。
友人との電話は十分。
笑い声が大きいと、男は隣の部屋から咳払いをした。
彼女はよく、わたしの籠へ額をつけた。
「胡粉はいいね。扉が開けば飛べるから」
違う、とわたしは思った。
扉が開いても、戻った先で怒鳴り声が待っているなら、翼は遠くまで人を運ばない。
ある明け方、彼女は小さな鞄を持ち、わたしの籠へ布をかけた。男が眠っているうちに家を出た。
電車を二度乗り換え、古いアパートへ着いた。家具はなく、床には鞄と籠だけ。彼女は鍵を閉めると、その場に座り込んだ。
「ごめんね。狭くなった」
前の家より、ずっと狭かった。
けれど咳払いは聞こえなかった。冷蔵庫の音も、廊下を走る子どもの足音も、全部が彼女を叱らない音だった。
三日目、彼女は籠の扉を開けた。時計を見なかった。窓は閉め、危ないものを片づけ、床へ座った。
「好きなだけ飛んでいいよ」
わたしは飛び出した。
天井近くを一周し、カーテンレールへ止まり、台所の蛇口を見た。彼女は追わなかった。「戻れ」とも言わなかった。
だから、もう一周した。
最後に彼女の肩へ降りた。頬が濡れていたので、くちばしで一度つついた。
「戻ってきてくれるの」
戻ったのではない。
選んだのだ。
籠へ入ることも、肩にいることも、また飛ぶことも。扉が開いたままなら、どこを居場所にするかは自分で決められる。
彼女は翌日、役所へ行った。次の日は仕事を探し、その次の日には長い電話をした。声が震えても、途中で切らなかった。玄関には、自分で選んだ色の小さな表札を掛けた。
わたしの放鳥時間は、いつしか数えられなくなった。
それでも夜になると、自分から籠へ戻る。彼女も毎晩、この狭い部屋へ帰ってくる。
人間はそれを不思議がるかもしれない。
自由とは、二度と戻らないことではない。
飛んでいける扉と、飛んで戻りたい場所の、両方があることだ。