麦畑から敵意を刈り取る

「魔力ゼロの案山子ね。畑に立っているだけなら務まるでしょう」

領主の娘はそう言って、小柳紬へ錆びた鎌を投げた。

紬が転移してきた村では、収穫祭の朝に人手を選ぶ鑑定が行われた。土、風、水、どの紋章も光らなかった彼女は、祭りの列から外され、鳥避け役を命じられた。

黄金色の畑へ一人で立ったとき、地面が波打った。

角ウサギの群れが麦の間から飛び出した。子どもの膝ほどしかない低級魔物だが、硬い角で茎も足首も切り裂く。数は数百。祭りに集まった村人たちは柵の内側へ逃げ、護衛は領主一家を囲むだけだった。

紬の前にも一匹が跳んだ。

だが、その目は怒っているというより怯えていた。背後の丘には、銀色の巨大な角を持つ月角兎が立ち、首輪の赤い石を光らせている。誰かの命令で、群れごと畑へ追い込まれているのだ。

紬は農家の祖母に育てられた。実ったものと、まだ残すべきものを見分けるのが収穫だと教わった。

錆びた鎌を一度だけ横へ払う。

「刈るのは、麦じゃない」

《感情収穫》が畑を渡った。

角ウサギたちから赤い光だけが抜け、無数の小さな穂となって空へ集まる。命令された恐怖、植えつけられた怒り、逃げ場を奪われた焦り。敵意だけを刈り取られた群れは、その場で耳を伏せた。

丘の月角兎からも赤い首輪が外れ、石は粉になった。巨大な魔物は紬の前まで歩き、銀角を地につける。襲撃を操っていた森の魔女の紋章が、砕けた石の内側から現れた。

収穫量を測る祭壇の天秤が、集まった赤い穂の重みに耐えられず折れた。

村の守護聖女エレシアが、領主席から立ち上がった。戦場でも膝を曲げないと噂された人が、畑へ降り、紬の前で深く頭を下げる。

「命を奪わず、災厄だけを収めた方を、案山子とは呼べません」

柵の向こうで、子どもが最初に拍手した。

続いて村人たちが門を開ける。祭りから外された紬のために、中央の道が空いた。月角兎を従えたからではない。その背後で、傷ついた麦が一本も倒れていないことを、皆が見ていたからだ。