黄色い傘の三歩目
妹の結婚式を前に、私は押し入れから黄色い傘を見つけた。
二十代の頃、青と黄色で迷い、青を買った店のものだ。黄色は選ばなかったはずなのに、持ち手には私の名前のシールが貼られている。
雨の夜、その傘を差して水たまりを三つ踏むと、四つ目の向こうに別の商店街が続いていた。
そこで私は、黄色い傘を買った日の自分に出会った。
あの日、店先で傘を取り違えた男性と知り合い、結婚したらしい。二人の子どもがいて、駅前の小さな写真館を一緒に営んでいた。
家族写真の壁は眩しかった。
私が得なかったものが全部あるように見えた。
ところが閉店後、向こうの私は一人で旅行雑誌を開いた。
ページの隅には、私が実際に歩いた国々へ赤い丸がついている。
「そっちは行った?」
「ほとんど」
「いいな」
「そっちは家族がいる」
「いいでしょう。でも、いいことだけじゃない」
彼女は笑い、洗い物の山を指した。
私は笑い返した。
どちらの人生も、遠くから見える部分だけが明るかった。
店の奥から娘が出てきて、私を母の姉妹だと思ったらしい。
「結婚式、明日だよね」
差し出された写真には、妹と私が並んでいた。ただし向こうの私は子どもの世話で疲れ、妹の相談を何度も断ったらしい。写真の二人には、今の私たちほど近い笑顔がなかった。
水たまりの水面が揺れ始めた。
向こうの私は黄色い傘を閉じ、私に渡した。
「どっちを選んでも、選ばなかった方は綺麗に見えるね」
「そっちも?」
「もちろん」
三歩戻ると、自宅の前だった。
手には青い傘があり、黄色は消えていた。
翌日の式で、妹は控室から逃げ出しそうな顔をしていた。
私は世界各地で撮った失敗写真を見せた。道に迷い、転び、飛行機を逃した写真。妹は泣きながら笑った。
「お姉ちゃん、結婚しなくて後悔してる?」
「するときもある」
正直に答えた。
「でも、しなかったから今日ここにいる」
式の帰り、雨が降った。
私は青い傘へ妹夫婦を入れ、自分は少し濡れて歩いた。
選ばなかった黄色を忘れたわけではない。
ただ、青い傘の下にも、三人分の笑い声がちゃんとあった。
翌年、妹に子どもが生まれた。私は旅先から小さな黄色い長靴を送った。歩けるようになった姪は、水たまりを見つけるたび三歩だけ踏み、四歩目で必ず振り返った。
その先に別世界があるのかは分からない。けれど姪が手を伸ばすたび、私は濡れることを気にせず駆け寄った。選ばなかった家族とは違う形で、私にも「帰ってくる人を待つ場所」が増えていた。