黒い鞄の持ち主
交番の机に、黒い革鞄が一つ置かれていた。
「私のだ」
最初に名乗り出たのは、マフィアの会計係、赫野ヴィートだった。中には裏帳簿と現金が入っているはずだった。
「待って。それ、私のです」
次に現れた鷦鷯まどかは泥棒で、今朝盗んだ宝石を同じ型の鞄へ詰めていた。
交番勤務の早蕨未散は二人を見比べた。
「では、中身を言ってください」
ヴィートが咳払いする。
「紙の束だ。数字が並んでいる」
「私も紙の束」とまどか。「値札とか鑑定書とか」
「金属製のものは?」
「少し」と二人。
「現金は?」
「常識的な範囲で」
「常識は人によります」
二人とも具体的に言えない。未散は鞄へ手を伸ばした。
「開けますね」
「待て」とヴィート。
「持ち主の許可なく開けるの?」とまどか。
「二人とも持ち主を主張しています」
「なら私が先に確認する」
「いや、私だ」
鞄の取っ手を三人でつかんだまま、会話だけが進んだ。
「どこでなくしました?」
「中央駅」とヴィート。
「私も中央駅」とまどか。
「時刻は」
「九時ごろ」
「同じ」
「特徴は」
「黒い」
「革」
「取っ手がある」
未散はため息をついた。
「世の中の鞄の半分に当てはまります」
ヴィートがまどかをにらむ。
「お前、私の鞄をすり替えたな」
「そっちこそ、私の仕事場にいたでしょう」
「仕事場?」
「宝石店」
「お前は店員か」
「短時間だけ」
「制服は?」
「黒い覆面」
未散の視線が鋭くなる。
まどかは慌てて言い直した。
「防寒用です」
「八月ですが」
ヴィートが笑った。
「素人だな。私は正規の会計係だ」
「どこの会社です?」
「社名は言えない」
「帳簿は見せられます?」
「もっと言えない」
未散は静かに二人の身分証を預かった。
そこへ杖をついた千種みねが入ってきた。
「あら、私の鞄。バスに忘れたのよ」
「中身は何ですか」
「麻雀牌と、老人会の会計帳簿。現金は大会の賞金三千円」
全項目が一致していた。
鞄を開けると、白い牌がきっちり並んでいる。
ヴィートとまどかは同時に出口へ向いた。
「お二人の黒い鞄も、署で一緒に探しましょう」
未散が笑った。
今度は誰も持ち主を名乗らなかった。